第13話 密かに

夕食を食べ終わり、ジャックを部屋に返したあとも、書庫から借りた本を自室で読み漁っていた。

 そして、新たに判明したことがいくつか。

 これはクロエから聞いた話で、一つは現在池。柊は元々南東のイヴシスに居たが、ここはラズレという西北西に位置している国らしい。イヴシスは最も国土面積が大きく、冒険者発祥の地と言われている。そのため観光客や冒険者などで溢れかえる賑やかな国だ。対してラズレは国土面積がこの世界で二番目に小さく、国全体が森林に囲まれている。自然に恵まれているため、狩人などの狩猟民族が多く住んでいるようだ。正直言って、全体的にパッとしない国。つまり、アジトを創るには最適といえる。


 二つ目はこの世界の歴史について。ここにはある神話がある。数千年前引き起された、天界と魔界による『聖戦ラグナロク』。天界は人々に恩恵を、魔界は人々に終焉を、それぞれ望んでいた。当初は互いに不干渉の条約を結んでいたが、突如として魔界側が天界に襲撃。条約を独断で破棄したのだ。そこから戦争に発展。遂には人間界にも影響を及ぼし、大勢の人が亡くなる。数十年に渡るその戦いは、天界の勝利に終わるも、その戦いの中で人々の信仰心は天界側と魔界側に分離し、派閥が出来た。この世界には、今もその名残があるという。聖戦に関しては周知の事実らしく、恥をかく前に知ることが出来て幸運だ。


「どの世界にも、やっぱり戦争はあるんだな」


 ボスはあの聖戦を"再現"すると言っていた。つまり、魔界側の勝利を望んでいるのだろう。

 当面の目標は、組織の脱退。だが聖戦の話を知って、ゆくゆくはこの組織を撲滅しなければと言う信念が出来た。


(仮にアンノウンを上手く脱退出来たとして、撲滅のためには敵対組織に加入するのが一番手っ取り早いだろう。以前メルヴィルさんはアンノウンの捜索をしていると言っていた。とすると、鍵になってくるのが聖騎士パラディン)


 聖騎士にはメルヴィル・ハンスという伝手がある。組織加入にまでは至らなくとも、保護くらいはしてもらえるはず。

 しかし聖騎士加入を目指すにあたって、二つほど障害が。

 一つは柊自身の実力。聖騎士は国の所謂エリート職なのだろう。戦闘技術だけでなく、国際政治に関われるような豊富な知識が必要となる。現在アンノウンの計画はどこまで進んでいるのか、膨大な戦闘力と知識を身につける時間は残っているのか、定かではない。なので、ボスより与えられた『暁の双眼』を維持し、能力が底上げされたまま聖騎士加入を目指せば、大幅な時間短縮になるのだ。

 しかしここで二つ目の障害。ボスは『暁の双眼』によって、構成員全ての現在地を把握しているという。それを免れてステータスのみを残すのは、きっと容易ではない。さらにこの能力のせいで普通の薬は効かないという。どうやっても、抜け道が見当たらない。


「二つ知識が増えて二つ障害が見つかりましたと。はあ、嫌になるな」


 ソファにもたれかかる。時刻は既に1時を回っていた。元の世界と暦は異なるが、時間感覚は変わらないらしい。


「まずは初任務で、俺の事を危険視、までいかなくとも、組織に居られると困るような理由があれば……いっそテレポートとかでポンッと転移出来れたらなぁ」


 だがそんな都合のいい話は無い。先が思いやられることばかりで、嫌になる。


(明日も書庫にお世話になりそうだ。ジャックの監視をして、それから……)


 ふっと眠気が降りかかり、夢へと誘う。目を閉じれば、瞼の裏に映るものは静かな暗闇だけだった。




◇◇◇


「なあ監視〜当方が今どれくらい退屈してるか知ってるかー?」

「知らん。興味無い」

「お前が興味あろうが無かろうが教えてやる。この書庫を壊そうとするくらいには退屈なんだ!」


 ジャックは机をバンバンと叩く。


「うるさいうるさい。叩くな」

「じゃあ今すぐ本読むのやめろ」

「仮に俺がやめたとして、どうするんだ?今日他にやることも無いだろ」

「……ケッ」


 だんだん、ジャックの扱い方が分かってきた気がする。至って単純な性格なので、言い負かすのは簡単だ。

 ジャックは肘を机につくと、大きな溜息。


「ったく、まだ任務の伝達来ないのかよ」

「そんなに任務がしたいのか?別に楽しいものでもないだろ」

「楽しいさ。何せ殺戮が出来る」


 さも当たり前のように、さらりと飛び出した言葉が耳に残る。忘れそうになっていたが、この組織の人間にとって、殺人とはいわばライフワークなのだろう。


「殺戮って、お前……」

「ん、なんだよ。文句あるのか?」


 異常者、狂人、サイコパス。そんな言葉では形容出来ない。彼らにとってのとはそういうものなのだ。


「ここは、お前みたいな奴しかいないのか?」

「知らん、興味無い。でもお前みたいな凡人は珍しいと思う」

「……そうか」


人は誰しも、根底に異常性を持っている。この組織の人間は、その異常性が色濃く出ているのだ。柊は自分がその色に染まるのが、恐ろしくてたまらない。


「そういえばジャック。魔術特性アビリティってなんなんだ」

(ここで敵意を見せるのは良策じゃない。情報収集も兼ねて、適当に話を逸らしておくか)

「……監視。さすがに知らないことが、多すぎると思う。魔術特性なんて、当方でも知ってる常識中の常識だぞ」


 珍しく、探りを入れるような鋭い目付き。深紅の瞳がこちらを見つめている。


「俺、元々凄い田舎に住んでて、全く魔術に触れてこなかったから」

「田舎に行けば行くほど信仰心は増すと聞く。神は魔術の根源とされているだろ?つまり、魔術への執着も強くなるはずなんだが」


 ジャックは活用するのが苦手なだけであって、知識自体はある。よって今、柊は彼女の持つ知識に追い詰められているのだ。


 







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