第14話 魔術特性

「魔術に一切関わりのない地域なんて、一体どこにあるんだ?なあ、監視」


 鋭い目付きが柊を見つめる。肌がひりついて、手汗が滲み出た。


(まずい、探りを入れられている。異世界から転生した来たことを打ち明ければ、何に利用されるか分からない。かと言って、このまま黙っている訳にもいかない。どう、誤魔化すか)


 転生したことを正直に言えたら良かったのだが、ジャックは未だ信用ならない人物。言ったからどうなるものでも無いかもしれない。しかし不確定要素が多い今、迂闊に自分の経歴をペラペラ話すのは危険だろう。

 ジャックは視線を逸らさない。柊もまた、視線を逸らせずにいた。ごくり、と固唾を飲む。

 ……が、いきなり「あれ?」と首を傾げた。


「そういや、例外もいくつかあったっけ。どっかに魔術使わない主義の村があるとか……あ、結構ある。全然あるな。なんか思い出してきた。……ダメだ。記憶力はアテにならん」


 まさかの展開に、「は?」と間抜けな声が出る。風船が萎むように、力が抜けていった。


「出身地を隠してる奴は結構いるし、まあお前もその一人か。頭良い奴がやる、推理して暴いてーみたいなの、当方には出来ないな」

「驚かせるなよ、いきなり何かと思ったぞ……で、魔術特性アビリティってなんなんだ」

「ああ、それな。当方もよく分からない」


 ジャックに説明を要求した自分が馬鹿だったと反省する。


「お前、さっき常識中の常識って言ってなかったか?」

「常識ってことを知ってるだけで内容はよく知らない。まあでも、少しなら分かるぞ。魔術特性ってのは、二種類あるんだ。第一特性ファーストアビリティが一番強力な技で、第二特性セカンドアビリティがその次に強力な技。あんま使えるやつはいないってデルトリヒが言ってた。当方は使えるけどな!」


 ジャックは自慢げにドヤ顔をした。強いが、阿呆。頭が悪い。つまり、ジャックは脳筋。


「というか、当方に聞かないで普通に本探せばいいだろ」

「探すのがめんどくさいから手近な手法を取っただけだ。あまりよく分からなかったけどな」

「自分から聞いといて文句言ってんじゃねぇクソ味噌」


 柊に掴みかかろうと、身を乗り出すジャック。この流れにも、いい加減飽きてきた。


「おい、少しは落ち着けって」

「無理だ!断る!殺す!」


 机を挟んで向かい合っているため、抵抗がしにくい。肩を掴む腕を、必死に引き剥がそうとした。が、ジャックの馬鹿力はそう簡単に離れない。肩甲骨を鷲掴みするように、爪を立てている。


「そろそろ腕退けてくれ。肩なんか掴んで何がしたいんだ?」

「お前が当方の腕掴んでるせいで逆に退けられないんだよ!離せぇ!」

「離したら離したで首掴んだりするんだろ脳筋女。言い方を変えよう。大人しくなってから腕を退けろ!」


 このままでは埒が明かないので、柊は一旦掴んでいた腕を離し、椅子から立ち上がった。肩の位置が変わったことにより、ジャックは体制を崩す。


「うわぉっ」


 そのまま机の上に突っ伏した。やっと終わった、とため息をつく。

 その時、ベストに違和感を覚えた。じわと液体が染み込む感覚。


「ん?」


 机の上のコーヒーカップ。その中身によって、辺りに作られた池。ジャックもその違和感に気づいたようで、カップを見つめている。さらにじわじわと、布に染み込んでゆく液体。

 ―――要するに、コーヒーをぶちまけた。

 二人は驚嘆の叫びを上げる。


「「あ゙づっ!」」







「最悪……これ多分、俺用に新調したやつだよな?」


 ベストの端には、すっかり茶色いシミが広がっていた。そして仄かに漂うコーヒーの香り。なんとも言えない複雑な気持ちである。


(ジャックの奴、やってくれたな……まあ、これに関しては俺も一役買ってる訳だが)


しかし荒々しいとはいえ、ジャックのあの態度はある意味友好的と言える。疲労はたまるが、緊張はしない。そういう点では、まだマシだろう。


「洗濯場、確かこっちだったような……?」


 以前アジトを案内してもらった際、洗濯場にも赴いた。書庫は二階。一階へ降りて、裏口を出ると、庭のようなスペースがあった気が。


「ここか。……って、え?」


 空の見える屋外。視界を埋め尽くす、シーツやシャツの白。構成員は400名以上いるのだから、それは良いとして。周囲には、メイド服を着た透明人間がずらりと並んで、洗濯物を干している。その異様な光景に、目を疑った。


「な、なにこれ」


 今までクロエ以外のメイドを雇っていないのか、という疑問があった。まさか透明人間だとは。


「おや、見つかってしまいましたか」


 シーツの隙間から、クロエが顔を出す。


「クロエ、こいつらはなんなんだ?」

「これは、私の魔術です。私は使役の魔術を得意としているので、大気中のマナを人型として具現化させ、指定の動作を繰り返させています。個体によって異なる動きをさせられないのがネックなところですね」


 言われてみれば、透明人間達の動きは規則性がある。動作速度は違えど、皆同じように、籠の中の衣服を干してはまた取り出す。その繰り返しだ。


(プログラミング、みたいなものか?あの料理といい、従者一人にしてはやけに作業効率がいいと思っていたが、なるほど。使役魔術ねえ……)


「魔術特性、じゃないんだな」

「ええ、違います。これは単なる魔術の応用。魔術特性は、さらにその上をいきます」

「と、言うと?」

「例えば炎系の魔術。ただ炎を出現させるだけでは、普通の魔術です。それに他の魔術を合わせたもの……そうですね。炎でしたら毒の魔術なんかを絡ませて、毒性の炎を作り上げる。これが応用です。魔術特性はそういった枠から外れた魔術。説明にはかなりの時間を要します。しかしあえて一言で表すなら、自分だけの魔術を創り上げる。とでも言いましょうか」

「自分だけの、魔術……」

「そのレベルまで到達するには、圧倒的な創造力が必要になります。また膨大な魔力を必要とするので、魔力値も重要になってきます。種族や体質の関係で、生まれつき持っている方もいらっしゃいますが。まあ、今から数ヶ月で医者になるくらいには習得が困難ですね」


 圧倒的な創造力、と言われてもイマイチピンと来ない。しかしそれだけの大技を使えるジャックは、只者では無いのだろう。


「俺は魔力値全然ダメだからなあ」

「しかし、応用だけなら出来ないこともないです。ナトリ様、魔術をお使いになった経験は?」

「冒険者の頃に、簡単な跳躍とか治癒なら使ったことあるぞ」

「十分ですよ。どんな小さな魔術でも、扱うことができるなら、それは魔力が正常に機能している証拠。試しに少し、お見せしましょうか」


 クロエが指を軽く振ると、自分の体が突然、後方を向き始める。自分の意思が、一切通用しない。


「何が起こってるんだ?!」


 そして次は、足が勝手に歩き始める。まるで操り人形にでもなったかのような、不思議な気分だ。

 やがて足が数メートル先で停止すると、クロエは指で半円を描く。全身がぐるん、と前を向いた。


「これが使役魔術、マニピュレイト。マニピュレイトを応用すれば、簡単な意思操作なんかも出来るようになります」

「応用じゃないのか、これ。凄いな……」

「ナトリ様も練習さえすれば、すぐに出来るようになります。私は業務がありますので教えることは出来ませんが、後ほど使役魔術に関する書物をお渡ししましょうか?独学でもそれなりにいけますよ」

「ぜひ、頼む」


 ひょっとしたらこの魔術。何か役に立つかもしれない。次の任務までに、出来るだけ魔術の知識を蓄えておこう。


「あ、そういや俺服渡しに来たんだった。これ、洗ってもらえるか?」


 シミの着いたベストを渡す。その有様を見て、クロエは一言。


「派手にやりましたね」

「わざとじゃないんだ。ジャックがまた掴みかかってきてな……」

「ああ。あの方破天荒ですもんね、色々と」


 クロエは服を受け取ると、入れ替えるように手紙を渡してきた。


「私からも、ナトリ様にプレゼントです」

「ん、なんだこれ」

「ボスより新たな任務の伝令です。ボスは多忙につき、任務の伝令は基本このような形式で行わせていただきます」


 遂に、新たな任務。ここ最近ですっかり緩みきっていた心が、一気に引き締まる。

 この任務、なんとしても失敗させなくてはならない!



 


 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る