第一章 フォルスト壊滅作戦

第11話 狂犬

後ろから感じる並々ならぬ殺気。その正体は、一人の少女のものだった。少女は突き刺すような視線でボスを見つめている。


「やあ、遅かったじゃないか」


 ボスは先程と変わらぬ声音で少女に話しかけた。この気迫を前に平然としていられる、その精神力が恐ろしい。柊は特別気配などに敏感という訳では無いが、その鈍い柊が震え上がるほどに、少女の殺気は格が違う。


「いつもの事ながら、そのドアを蹴り飛ばす癖、どうにかならないのかい?」

「当方に指図するな。要件だけを話せ、デルトリヒ」


 少女はボスに向かって臆することなく、無礼な態度を取っている。もちろん殺気を保ったまま。また『当方』という独特の一人称を用いているのが気になった。


(なんだ、この女は)


 柊は少女に対して、奇妙な感覚を覚えた。


「やれやれ。人の話を聞かないのも、相変わらずだな。では要望にお応えして、簡潔に話そう。昨今の君は、些か調子に乗りすぎだ。団体任務に所属しているにも関わらず独断行動を取り、時には敵味方関係なく抹殺する。これ、一応規約違反なのだけれどね」

「あいつらが勝手に死んでくだけだ。殺されるのが悪い」


 この少女の言動は、自己中心的だ。ボスが問題児というのも頷ける。それに、殺されるのが悪い、という言葉は、柊の癪に障るものだった。


(今までの誰より話が通じなそうだ。クロエやエイミーはあれでもマシな方なんだろう)

「なので、君に監視役をつけることにした。紹介しよう。先日新たに加入したナトリシュウ君だ」


 柊は突然の紹介に驚きつつ、軽く会釈をした。少女は柊の方へ目線を移す。睨みつけるように、こちらを伺っている。


「ナトリ君、こちらはジャック・Dデオナ・ヴァルート。君は、ダンピールという種族を知っているかな?」

「ダンピール。確か、吸血鬼と人間の混血種……でしたか」

「そう、彼女はその末裔なのだよ。今やダンピール自体珍しい種族となっているが、その中でもジャックはさらに特別な存在でね。なにせ吸血鬼の長であるヴィルダン王のむす」


 ボスがそこまで言いかけると、ジャックがいきなり壁に拳を叩きつけた。鼓膜へ衝撃音が響くと共に、壁には罅が入っている。


「当方は、あの下郎を父親だと認めたことは無い。二度とその話はするな」


 ジャックは目を見開いた。より強い殺意を込めて。赤い瞳孔が、ギラリと光る。


「……どうやら、龍の逆鱗に触れてしまったようだね」

「大体なんだ。監視をつける?当方に?冗談だろ、笑わせるな」

「つまらない冗談を言う為だけに君を呼び出すほど、私は暇ではない」


 ジャックは青筋を立ててボスを凝視している。今にも火山が噴火するんじゃないかと、柊は肝を冷やした。


「お前、正気か?こっちは魔術特性アビリティ使えねんだよ。誰かさんのせいでな。それなのに、今度は監視をつけるだと?お山の大将は余程当方を無能扱いしたいらしい」

「その逆だ。君の能力は有能すぎる。有能すぎるが故、君は加減というものを知らない。そこで彼だ。彼に君を制御して貰うことで、少しずつ能力を抑える練習をしてもらおうと思ってね。無事制御出来るようになった暁には、第二特性セカンドアビリティを返還しよう」


 先程から度々会話に出てくる、アビリティ、という言葉が引っかかった。何かの隠語だろうか。


「どうやら君達は歳も近いようだし、仲良くできるんじゃないかと思うんだがね」

「却下だ。こんなひょろい野郎に監視されるくらいなら泥水啜った方がマシってもんだよ」

「君がこの命令を拒否するのであれば、私は君を組織から追放する。そうなれば、君は行く宛てが無くなるだろう。啜ってみるかい?泥水」


 ピリピリと緊張感が張り詰める。柊はこの場に居ることが苦痛でしか無かった。互いに睨み合う二人と、それを眺める自分。仲裁しようにも、今何かを喋れば、横のジャックに殺されそうな勢いだ。

 暫く経ち、ジャックは「チッ」と舌打ちをする。その様子を見て、ボスがにやりと笑った気がした。


「決まりだね。では早速、二人には親睦を深めてもらおう。ジャック、そろそろ彼の武器が出来上がっている頃だ。工房まで案内してやりなさい」

(そういえば、コーデリクとかいう奴、俺の武器がどうたらって言ってたな)


 自分の武器、という言葉に、少しだけ高揚感を覚えたが、この女と一緒に行くのは抵抗がある。そもそも、案内なんて出来るのだろうか。


「ボス、工房は以前、クロエに案内して貰ったので、場所は覚えていますが……」

「おや、そうだったか。まあいずれにせよ、彼女も武器の調整を頼んでいるから、ね」


 親睦を深める、ということを強要されている気がしてならない。柊は既にジャックのことを警戒している。そんな相手と、すぐさまお友達、なんてことにはならないだろう。向こう側も、それは同じはずだ。


「報告は以上だ。君達の健闘を、祈っているよ」


 男は今までよりも、少しだけ楽しそうに話す。



◇◇◇


 執務室を退出した瞬間、ジャックはいきなり柊の胸ぐらを掴み、壁へ押し付けた。


「いっ……た」

「おいお前、これは命令だ。当方を自由にしろ」


 赤い双眸が、柊を見下す。力強く掴まれた胸ぐらは、襟が閉まり首を圧迫した。押し付けられた衝撃で、背中がじわじわと痛む。


「ぐっ……」

「聞いてるのか、お前はあいつの命令を放棄しろって言ってるんだ」


 その眼に見つめられると、思わず怯んでしまう。が、柊にも譲れないものがある。ここで臆する訳にはいかない。


「俺が従うのはボスであって、お前じゃない。お前も構成員なら、少しは大人しく従ったらどうだ」


 最も、ボスにもまともに従う気は無いのだが。今はより拘束力の強い方に従うが先決だろう。ジャックの眼光を必死で睨み返す。圧倒されないように、しかして冷静に。こめかみを脂汗が伝った。

 やがて、ジャックはため息を一つつき、不服そうな顔で襟から手を離す。

 

「度胸がある奴はつまらない」


 と一言。そして一人で歩き始める。

 首元が開放されると共に、柊は咳き込んだ。幸いなことに、これといった外傷は無い様子。


「ほんとに何がしたいんだよ、あいつ」


 



 地下へと続く階段を下り、再び工房へ足を踏み入れる。以前と特に変わった様子はなく、どこかじめってとしていて、薄暗い。昼間のはずなのに、ランプを灯して尚、かろうじて辺りが見える程度だ。


「おい、いるんだろ根暗野郎」

 

 ジャックが大声でコーデリクに呼びかける。それに対する返事はなく、ただ部屋に、その声がこだまするだけだ。

 柊とジャックは、コーデリクの姿を探す。以前は隅の方で体育座りをしていたが、果たして今回は。


「ったく毎度毎度めんどくせぇやつだな……」


 床に積み上げられた本や、武器の資材などを荒らして回るジャック。後でキレられても俺の責任じゃない、と柊は呆れた。


「どこにもいない。まさか死んでるんじゃないだろうな……ん?」


 何か硬いものが足先にぶつかる感覚。下を見ると、髪の長い男がこちらを見つめていた。


「なぁっ?!」


 男の形相に驚くあまり、尻もちをつく。未だ男は、柊の方を向いていた。


「お前、またそんなとこで寝転がってんのかよ。相変わらず気色悪ぃ」


 ジャックは男に近寄り、腹へ蹴りを入れた。男は叫びこそしなかったが、苦悶の表情を浮かべている。


「ヴァ、ヴァルート嬢……貴殿はいつもそうやって私のことを無下にがはっ!」

「うるせぇ蜘蛛だなぁ。さっさと武器寄越せ武器!」


 さらに蹴りを入れるジャック。監視として、さすがに止めに入らないと不味いと判断した柊は、ジャックの腕を掴む。


「おい、やめろよ。痛がってるだろ」

「んだよ偽善者ぶりやがって。その手離せ、一発殴らないと気が済まない」

「既に蹴ってるだろ!」

「このくらい皆やってんだよ。お前もいずれやるようになる」

「私に暴行を加えるのは貴殿くらいだが……」


 コーデリクは産まれたての子ヤギのようにぶるぶる震えている。先程までの威圧感が嘘みたいだ。


「ほら」

「……チッ、雑魚が」


 ジャックは渋々引き下がる。なんだか手のかかる子供の面倒を見てる気分だ。この女と比べると、エリーの方がよっぽど大人っぽい。

 コーデリクは立ち上がると、服に着いた埃を払った。


「ナトリシュウ……貴殿の武器は既に完成している……少し待ってくれ……」


 コーデリクは奥から、布で包装された何かを持ってくる。


「うわ、デカっ」

「これが君の武器だ……開けてみるといい……指を斬らぬよう気をつけて……」


 布の端を引っ張り、少しずつ解いてゆく。と、銀色の光沢が見えてきた。


「ああ、そっちは剣身だ……グリップは逆……貸してくれたまえ……」

(早く言えや!)


 結局自分で開けるのか、とコーデリクに苛立ちつつ両手で武器を手渡した。

 布が完全に解け、出てきたそれは、今までのどの剣よりも長いものだった。硬く、冷たい黒のヒルトはグリップの部分が凹んでおり、手指にフィットする構造。鏡のように透き通った、銀の剣身。自分の瞳の虹彩まで見渡せるのではないか、と思うほどに一点の曇りもない。剣は細く、軽く、そして何より握りやすい。悔しいが、これ以上ないくらいに出来が良かった。


「君は、実戦経験が少ないと聞いた……ボスによる強化があるとはいえ、戦術自体は身についていないのだろう……なので比較的振りやすく、且つ間合いの長いものに仕上げた……大変だったぞこれ……」


 確かに、コーデリクのクマは以前よりさらに濃くなっている気がする。日頃から虚弱体質なのに、倒れないだろうか。


「そしてその剣は、魔術により生成したものだ……極微小の魔力で、自由に出し入れすることが出来る……試しに、やってみてくれ……」 


 柊は元々魔力値が低い。極微小とはいえ、魔力の消費は惜しい。


(俺に、出来るのか?)


 魔力を放出する。体から何かが欠落するような、この感覚には未だ慣れない。目を開けてみると、先程まで握っていた長剣は、綺麗さっぱり無くなっていた。


「凄い!本当に、ほぼ魔力を消費せずに剣が無くなった」


 その技術に感激し、剣を出したり消したりを繰り返す。コーデリクは「喜んでいただけて何よりだ……」と息をついていた。


「次はヴァルート嬢だな……今回は罅が入っていただけだと聞いたので、大した変化は無いと思うが……」


 布の中から出てきた剣身は、なんと紅かった。徐々に布が解かれていくと、その全容が明らかになる。

 漆黒のヒルト。ガードの部分に、紋様のような彫刻が施されており、その剣身は紅い。薔薇のように深く、血のように鮮やかな紅。よく見るとガードに近い部分が凹んでおり、その先の剣身が少し太くなっている。RPGなどでよく見る、典型的な剣の形。


「ヴァルート嬢は重めの剣が好みと聞いたので、少しだけ重量感を足してみた……何か不備があれば言ってくれ……」


 渡された剣を見て、ジャックは「ん〜」と唸っている。首を傾げたり、剣を傾けたりした後。


「やっぱ考えるのは苦手だ。実際に使ってみないと」


 そう言って剣を振り回し始めた。コーデリクは元々悪い顔色をさらに青くして立ち尽くしている。柊もいきなりのことに唖然としてしまうが、慌ててジャックを止めに入った。


「何やってんだこんな所で!少しは自制心を覚えろ。せめて、訓練所とかで剣を使え。このアジト内に、そういう場所はないのか?」

「あるけど、行くのめんどくさい」

「だからってここで剣を振り回すな、置け!」


 背後から羽交い締めにし、何とか動きを静止させる。その間ジャックは抵抗を続けていたが、とうとう諦めたようで、剣を下ろした。


「初っ端から出しゃばってくるなよ、監視」

「監視だからだこそだ。全く、ボスがお目付け役をつけさせるのも納得だよ……」


 突発的な行動があまりに多すぎるため、予測できない。彼女の行動を理解するには、相応の時間がかかるのだろう。


「すまんコーデリク、俺達はもう退散するから。……本当に、迷惑をかけた。主にコイツが」

「あぁ?お前あんま調子乗ってんじゃねぇよ。殺すぞ」


 小学生レベルの暴言を吐き出すジャック。柊は疲れ果てていた。


(子供の世話というより、狂犬の世話をしているみたいだ)





「なんで監視がついてくるんだよ」

「監視だからって何度も言ってるだろ。俺だって早く部屋に戻りたいさ」


 ボスに頼まれた訳では無いが、今日の動向を見るに不安が絶えなかったため、部屋まで同行することにした。


「真面目すぎんだよ、お前。少しくらい当方の事放っておいたっていいじゃないか。というかそうしてくれ」

「断る。命じられた以上、俺はそれに逆らうことが出来ない。なにせ特殊な立場なもんでね。それに、お前に聞きたいことだっていくつかある」


 小さなことだが、柊はジャックに対していくつか疑問があった。


「当方は答えたいことしか答えないぞ〜」


ぶっきらぼうな対応が、つくづく柊の癇に障る。

が、ここで喚き散らしてはジャックと同じだと思い、心を鎮めた。


「別にいい。こっちが勝手に喋るだけだからな。で、本題だが。まず、なんでお前はボスに対してあんな態度を取るんだ?命知らずにも程があるだろ」

「向こうが気にしてないから当方も気にしない。いいだろ別に。付き合い長いしな」

「長い付き合い、か。それなら納得できなくもないが……それにしたってあれは無いだろ」

「だから、気にしてないんだよアイツは!お前こそ、それ聞いてどうするんだ?」

「親睦を深めようとしてる。任務をこなす上で、チームワークは必要だからな」


 ジャックはあからさまに怪訝そうな顔でそっぽを向いている。どうやら、柊の方針が気に入らないようだ。


「そして2つ目。その、『当方』って言い方なんなの?」

「当方は当方だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ふぅん。変な一人称だな」

「どこが変なんだよ!呼び方なんてなんでもいいだろ潰すぞ。それにな、当方って言うと、頭良く見えるんだ。お前、そんなことも知らねぇの?」


 自慢げに「ふふん」と鼻を鳴らすジャック。それを聞いて、柊は察する。



(こいつ、アホだ!)


 


 


 


 


 


 


 











 


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