第10話 小さな箱の蓋を開けて

人参、玉ねぎ、砂糖、ミルク、パン、そしてチーズ。必要な食材は一通り揃えた。エリーに教えてもらった市場は、特別活気に溢れているわけでもなかったが、全体的に和やかでアットホームな雰囲気だった。余所者の柊にも気軽に接してくれ、幾分か気が楽だ。


「さて。帰ってきました、と。市場もいいけど、やっぱりここが落ち着くな。エリーはどうだった?楽しかったか?」

「うん!ひさしぶりに色んなもの見れたなあ。でも、エリーもお家がだいすき!でも、お外も好き……」

「そうだよな、まだ子供だもんな」

「むぅ、お兄さん。ちょっとバカにしてる?」


 エリーは頬を膨らませながら、背中をぽかすかと叩いてくる。痛いどころか、むしろマッサージにしかなっていないのだが、その行動がまた可愛らしい。


「悪かったって。別にバカにしたわけじゃないんだ」

「ほんとに?ほんとのほんと?」

「ほんとのほんとだ。神様にだって誓える。さ、食材を仕舞おう。ここに置いておいても、仕方ないしな」


 キッチンの戸棚に砂糖やミルクを仕舞いながら、献立を考える。


(俺が滞在するのは今日を合わせてあと4日。今夜はハンバーグだから、明日は少し軽めの方が良いかもな。ロールキャベツでも、作ってみるか)


 しかし、ロールキャベツと言ってちゃんと伝わるだろうか。オムライスやサンドイッチなどは伝わったが、果たしてこれはどうなのか。


(一応、聞いてみるか)


「エリー、明日の夕食だけど……」


 リビングの方を振り返ると、苦しそうに蹲るエリーの姿。最初は唸っているだけだったが、直ぐに湿った咳が出てきた。


「エリー!」


 エリーの元へ駆け寄る。咳は止まるどころかさらに激しくなっていった。声をかけつつ背中をさすっていると、、小さな喉から赤黒い血が飛び出す。


(吐血?!)


「大丈夫か?!大丈夫なわけ、無いよな……どうすれば……」

「おに、さん……」

「エリー、今は喋らないでくれ。とりあえず、近くの医者に」


 しかし医者と言っても、この家には電話などの連絡手段がない。かと言って、悠長に手紙を書いている暇もない。それどころか、まずどこに医者があるかも分からない。柊は半ばパニック状態だった。


「まずは、ベッドに運んで、それから水を飲ませて。いや、でもいきなりものを口に運ぶのは……」

「く、すり……」

「え?」

「おく、の戸棚に、あるの。粉の、おくすり……」

「分かった。すぐに取ってくる」


 柊はエリーを寝室に運ぶと、急いで薬と水を持って部屋に戻った。


「飲めるか?エリー」


 エリーは上体をゆっくりと起こした。粉薬を少しずつ口に含ませる。度々咳き込みそうになり、口を手で抑える。薬が袋から無くなると、また少しずつ水を流し入れていった。

 こくん、と飲み込む音がして、エリーは再び仰向けになる。


「ごめんね、おにいさん。めいわく、かけて……」

「謝るのは俺の方だ。俺が、外に出ようなんて言ったから」

「ちがうよ。エリーはたまにね、こうなっちゃうの。最近は、あんまりなかったんだけどなあ」


 エリーの顔は血の気が引いて青白く、目元にはうっすらとクマが出来ていた。


「大分貧血になってるみたいだ。今日はハンバーグはやめておこう。……本当に、この薬だけでどうにかなるのか?」

「うん、さっきよりは良くなってきたよ。だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 また、あの作り笑いだ。時折見せる、どこまでも哀しい笑顔。いつもの花が咲くような笑顔とは違い、影が差したような、苦しそうな……


「頼むから無理をしないでくれ。痛かったら、ちゃんと言っていいんだぞ」

「ほんとに、だいじょうぶだよ。……だいじょうぶ、だけど」

 

 途端に笑顔が消え、哀しみだけが残った。泣くのを我慢しているのか、唇を噛み締めている。


「だいじょうぶなのって、きっと今だけなんだよね。これから、どんどん痛くなって、苦しくなって。日曜日にはおにいさんも帰っちゃう」


 現在の日時は木曜日の昼下がり。あと3日もすれば、別れの時がやってくる。

 ―――別れの時を、

 柊は今にも泣き出しそうだった。もしかしたら瞳が潤んでいるかもしれない。でもきっと、エリーを不安にさせてしまうからと、必死に涙を堪えた。胸が、痛い。


「おにいさんが帰っちゃったあと、エリーはどうなるんだろ。……いやだな。エリー、苦しみたくないよ。一人で、死にたくないよ」


 一粒の雫が、エリーの頬を伝う。柊はそれを、親指で拭った。


「一人になんかしないさ、ずっと一緒だ。ずっと、そばにいるから」


 その言葉に、エリーの表情が少しだけ和らぐ。


「あり、がとう。おにいさん」


 エリーは、そっと瞳を閉じた。やがてすうすうと小さな寝息を立て始める。

 彼女が安心して眠れるのは、あとどのくらいの時間なのか。残された時間は、とても短い。

 エリーの寝顔を眺める。先程より幾分か頬に血色が戻ったように思う。頭を撫でると、口元が綻んだ。

 今日の出来事で、身をもって実感した。


(エリーはもう、助からない)





 翌日も、エリーの体調は優れず、寝る間も惜しんで看病に励んだ。その甲斐あって、少しずつ元気を取り戻してはいる。が、またいつこのようなことが起こるか分からない。

 そして、柊に残された時間も、また長くはない。エリーを救うか、否か。決断の時は着々と迫っていた。


(病気を治す術は、俺には無い。遅かれ早かれ、エリーの命はそうもたないだろう。エリーを救いたい。エレノアを救いたい。苦しませたくない!だとしたら、彼女にとっての『救い』は……)


 残された手段は、一つしかなかった。ボスはこのことを見込んで、自分にこの依頼を受けさせたのか、と勘ぐってしまう。日中は任務のことを極力考えないようにしていた。しかし、死が目前に迫っている人間を前にして、その均衡は崩れ始める。考えないようにと意識すればするほど、あの言葉が蘇った。


「任務を、遂行するだけ……」


 歯向かうと決めた。どうしようもない圧力に、抗うと誓った。でも、打開策どころか、逃げ道すら塞がれている。反発する手段が、残っていない。

 エリーに病気が無かったら、自分が組織に入っていなかったら、いつか、どこかで、大人になった彼女を見れる日が来たのだろうか。


「おにいさん、どしたの?」

「……ああ。なんでもない」

「昨日から、なんか変だよ。エリーのこと、心配してる?エリー、もう大分良くなってきたよ!おにいさんのかんびょう、のおかげだね!」


 布団から可愛らしい笑顔が覗く。エリーが笑う度、全身に亀裂が入るような、とてつもない罪悪感に苛まれる。壊すための道具を、わざわざ組み直しているかのような、無意味な行動。そう思えて仕方なかった。


「うん、そうか。良かった……」

「なんだか、今度はおにいさんが元気なくなっちゃったね」


 エリーは柊の頭を「よしよし」と撫でた。少しだけ、こそばゆい。


「おにいさん、エリーはおにいさんのことが大好きだよ。なにがあっても、大好きなの。だから、元気だして?」


(何があっても、か……)


 さらに胸が締め付けられる。エリーを救いたい気持ち、エリーに少しでも長く生きて欲しい気持ち、エリーを苦しませたくない気持ち、エリーを助けたい気持ち。それら全てが頭の中で交差し、ぐちゃぐちゃに混ざる。  





 ……それでも、逃げることは許されない。誰がなんと言おうと、自分が許さない。

 エリーは、苦しみたくないと、一人で死にたくないと言った。柊は、エリーの願いを叶えると誓った。彼女の望みを叶えるなら、選ぶ手段はただ一つ。覚悟を決める時が来た。


(俺は、エリーを救う!)





―――そして、最終日


 空はやけに澄み渡り、エリーの体調もすっかり良くなっていた。


「よし、エリー。今日は一日楽しむぞ!」

「おにいさん、すっかり元気になったみたい。良かった!」

「ほんと、これ以上なく。エリーパワーのおかげだな!なあエリー、今日は一日、遊ばないか」

「え、いいの?」

「ああ。今日は俺も思いっきり羽を伸ばす!何かやりたいことはあるか?この儂が、そなたの期待に応えよう」

「ふふ、おにいさん、変な喋り方!じゃあ、えっとね、エリーね……」


 そうして、また隠れんぼをしたり、追いかけっこをしたり、おままごともしたり、一緒に絵を描いたり。エリーの要望に答えられるだけ答えた。エリーは今までで一番楽しそうな笑みを浮かべ、柊も今までで一番楽しいひと時だった。時間はゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。過ぎていく。

 


 ―――そして、午後3時。



「マカロン、クッキー、バターケーキにタルト。すごい、エリーの好きなものばっかり!」

「本当か?それは良かった」


 目の前に並べられたお菓子の数々に、エリーは目を輝かせる。まるで宝石を眺めるかのように。


「これ全部、食べていいの?」

「もちろんだ。全部エリーのものだよ」

 

 お菓子に目を奪われているエリーの前に、カップを置く。


「はい、お茶。エリーの好きなリンデンフラワーだぞ」

「ありがとう!……ふふ、いい匂い」


 仄かな甘い香りが、鼻腔を擽った。カップに口をつけると、口の中に広がる優しい味。

 エリーはさぞ嬉しそうに、お菓子を頬張っている。


「どうだ?美味しいか?」

「とっても!この木苺のマカロン、すき!このクッキーも!全部おいしい!」

「あんまり急いで食べすぎるなよ」

「はーい!もぐもぐ……」

「こら、言ったそばから頬張ってる。しょうがないな……」


 エリーの口元にはクッキーの欠片などが沢山ついていた。口元を拭くため、立ち上がろうとする。


「ねえねえおにいさん」

「ん、なんだ?」

「お茶、ちゃんと毒いれた?」




 ――思わず、硬直してしまった。思考が、止まる。その言葉の衝撃に、動けずにいた。


「……え」

「ごめんね、パパとおにいさんが話してるの、聞いちゃった」


 まさか、任務を遂行する上で、一番避けなくてはならない事態を引き起こしてしまうとは。心音が跳ね上がり、その場に緊張が流れた。


「……そうか」


 こう返す他、言葉が見当たらない。今更、誤魔化したって仕方がないのだから。


(驚くべき観察眼だ。……いや、ただ単に俺が間抜けだっただけか)


 しかしそうなると、エリーはこの一週間自分が殺されることを承知で柊と交流していたことになる。まさかとは思うが、何かしてくるかもしれない。と、多少の警戒をしておく。


「エリー、一週間いっぱいいろいろ考えたよ。おにいさんは、エリーを殺そうとするわるい人なんだって、分かってた」

(悪い、人……)


そう認識されても仕方がなかった。常に正義でありたい柊の意志とは裏腹に、その立場は対極に位置している。今この場にいる自分は、エリーにとっての「悪役」。それが、どうしようもなく虚しかった。


「そうだ。俺も、お前の父親も、お前を殺すことを目的とした、とんでもなく悪いやつだ。ずっと、お前を騙してた!今までの思い出づくりも、全て任務のためだ。お前の命を、奪うためだ。……恨んでいい。お前には、その資格がある」


「おにいさん」


 エリーはまっすぐな眼差しで柊を見つめる。今までのどんな表情とも違う、真剣な顔で。


「エリーはね、たとえおにいさんがここへ来ても、来なくても、死んじゃうんだよ。パパもメイドさんも、もうこの家には帰ってこない。エリーはずっと、ひとりぼっち」


「……」


「あ、でもね。パパは悪くないよ。少しぶきっちょさんなだけなの。よく、どうすればいいか分からなくて、どきまぎしちゃうの。おにいさんだって、きっとそうだよね?」


「不器用だとか、そういう話じゃないんだ。俺達は、お前を殺そうとしてたんだぞ!」


 エリーは依然、表情を変えずに告げる。


「じゃあ、その手に握ってるのは何?」

 

 柊は右手に毒が入った小瓶を握りしめていた。エリーにバレないように瓶を拳で覆い隠しているつもりだったが、そのずば抜けた観察眼の前では欺けなかったようだ。


「入れてないんだよね、毒。それとも、まだ迷ってる?」


「……っ!」


 恨まれても、貶されても、理解されなくてもいい。自分がいくら傷つこうとも構わない。その覚悟は、とうに決まっている。だが、一つのか弱い命を壊す勇気は、生憎持ち合わせていなかった。


「おにいさんは優しいんだね」


「……俺は、お前を殺すためにここへ来た。それを知ってもまだ、お前はそんなことを言うのか?」


 柊は取り繕うことを忘れ、必死で訴える。声が震えて、上手く話せない。それでも、視線だけは逸らさずに。

 

「エリーはずっと、ずぅっと一人きりで、お母さんもいなくなっちゃって。いつか死ぬときも、このままなんじゃないかと思うと、怖くて、怖くて、そればっかり考えちゃって。でもそんなとき、おにいさんと出会えた。おにいさんはそばに居てくれた」


「……」


「理由なんて、関係ないんだよ。ただ隣を歩く。それだけで、十分なんだから」


「……やめろ」


「おにいさん、その瓶を渡して」


 エリーは柊に歩み寄る。そして、柊の手を握った。


「おにいさん、手が震えてる。……よかった、エリーのこと、ちゃんと大事に思ってくれてたんだ」


 瓶を強く握りしめる。


「やめろ」


「もう決めたよ。エリーの最後、おにいさんに看取って欲しい」


 さらに瓶を強く握りしめる。


「やめてくれ」


 少女は顔を上げる。カーテンから、柔らかな光が差し込んだ。






 ――そして、花咲くような笑顔で。


「大好きだよ、おにいさん」


 花びらの上で、朝露が輝いているように見えた。それはどこまでも純粋な、たった一つの光。

 瓶を握る力が、一瞬弱まった。その瞬間、エリーは瓶を取り上げる。


「ごめんね、おにいさん」


「やめろ、エリー!」


 瓶を取り上げようと手を伸ばすも、その抵抗は虚しく、エリーは小瓶の中身をぐいと飲み干す。こくり、と喉が鳴った。


「あ、あ……」


それまで張り巡っていた思考が、ぴたりと止まる。心が、伽藍になっていく。信じられなかった。この、愛おしい、ただ愛おしい少女が。なんと自ら死を選んだのだ。

エリーは光を受け、ただ微笑んでいる。天使のように、柊へ微笑みかける。


「ありがとう。わたしを救ってくれて。ありがとう」


「え、りぃ」


「ふしぎ。思ったよりも、苦しく、ないん、だ」


 少女の体が、ふわりと倒れ込んだ。抱きとめたそれは、羽毛のように軽い。

 小さな小さな、潰えた未来。それを今、抱きとめている。腕に抱えている。


「ぁ、あぁ……」


 夢のような日々が、奇跡のような日常が、花のような笑顔が、頭から離れない。少女の頬はまだ薔薇色で、眠っているみたいだ。しかしその体に、もはや魂は宿っていない。涙が、溢れ出す。とめどなく押し寄せる悲しみの海が、瞳に広がった。


「……もし。もし平等なんてものがあるのなら。もし神様なんてものがいるのなら。俺達を助けろよ!俺も、エリーも、みんな助けろよ!どっちも奪うなんてあんまりだろ!夢も、希望も、命も、みんな……みん、な……」


 子供のように泣きわめいて、意味の無い叫びを吐き出して、助けを乞う。無論それに答えるものはいない。ここにはもう、ただ一人しか居ないのだ。部屋にはまだ、リンデンフラワーの香りが広がっている。





 

  それは、よく晴れた日曜の午後に。








◇◇◇


 遠い、遠い夢の中を、少女はさまよっていた。そこは楽園でも、地獄でも、どこでもない世界。


「ここは……?」


 足元には薄紅色の花々が広がっていた。その一つ一つが、芳香を纏っており、思わず、心惹かれる。


「きれい……なんの、お花かな」


 花々の中を歩き出す。足に触れるその感触は、ひらひらとしていてくすぐったい。辺りは一面、その名もなき花が広がっていた。

 ふと、目の前を白い蝶が飛び去っていく。少女はその蝶に、惹かれずには居られなかった。


「待って!」


 花を散らしながら、走り出す。その蝶は、すぐに見失ってしまいそうな、でも見失ってはいけないような気がして。蝶のあとを駆けていく。

 しかしその蝶は、段々と掠れていって、ついにはふっと、姿を消した。


「あ……」


 蝶の姿を探す。しかし辺りには、先程と同じく花々が広がるのみ。それに、少し寂しさを覚えた。


「ちょうちょ、どこいっちゃったのかな」


 すると、後ろから花を踏みしめる音がする。その足音は、一歩一歩近づき、ついに少女の前で立ち止まる。


(誰だろう……)


「エリー」


 後ろを振り返るより先に、懐かしい声が聞こえた。

 誰よりも優しく、誰よりも穏やかで、誰よりも愛しい、その声。

 クリーム色の髪を桃色のリボンで結わえ、レースのあしらわれた白いワンピースを着たその女性は、どこか自分に似ている。


「おかあ、さん」


 その姿と声だけで、少女の感情が溢れ出すには十分だった。


「お母さん!」


 女性に駆け寄り、思い切り抱きつく。今まで溜め込んでいた不安や孤独が、涙となって零れ落ちる。それを全て包み込むように、女性は少女を抱き上げた。


「やっと、会えたね」


「お母さん、お母さん!会いたかったよ。ずっと、ずっとずっと会いたかった!」


「ごめんね、一人にして……ごめんね」


少女は顔を押し付けて、ただ泣いた。溢れて止まらないその感情を、全て吐き出す。


「お母さん、もうどこにも行かないで!エリーを、ひとりにしないで。ずっと、一緒にいて」


 啜り泣く少女の涙を、女性は優しく拭う。


「大丈夫だよ。もう、離れないから。ずっと、ずっと―――」


 そして、少女の額にそっと口付けた。冷えた心が、溶けていく。泣いているのに、自然と笑みがこぼれる。悲しさが、嬉しさに染まっていく。嬉しいのに涙が出るのは、なぜだろう。と、少女は思った。

 女性もまた、涙を流して微笑んでいる。


「エリー。誰よりも愛しい子、誰よりも優しい子」


 二人だけの花畑に、暖かな風が吹く。





「やっぱりエリーの笑顔は、花みたいだね」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「任務ご苦労だった。初任務にしては上出来だ。君の多大なる功績を讃えよう」


 ボスは抑揚のない声で告げる。柊の心は、行き場のない喪失感に満ちていた。


「お褒めにお預かり光栄です」


「それにしては、浮かない顔に見えるが」


 嬉しいはずが無かった。幼い少女が自分の余命を悟り、自ら死を選ぶ。そんな光景を見てしまったのだから。

 それは自分の手で殺めるより、余程残酷なことで。


「しかし今の君の様子を見るに、単独任務には少々不向きなようだね。君は思いやりが強い子なのか」


「……」


「そこで、次回は団体任務を遂行してもらおうと思う。その際、君にはある人物の"監視"を頼みたい」


「監視、ですか」


「ああ。うちには、ちょっとした問題児がいてね。団体任務で度々独断行動を起こすものだから、私も手をこまねいてるのだよ」


問題児というからには、余程頭のイカれた奴なのだろう。どんな筋肉ダルマがやってくるか分かったものでは無い。下手したら自分も殺される可能性だってある。

だが、実質柊に拒否権はない。


「詳細はまた追って連絡するが、どうかね?」


「……異論はありません」


「よろしい。……しかし、遅いな。もうそろそろ刻限の筈なのだが」


「?」


遅い、というからには、何か待っているのだろう。柊は自分が退出して良いのか否か分からず立ち尽くす。


「あの、俺はどう」


 その言葉を遮るかのように、扉が強引に開かれる。バンッ、という衝撃音に、思わず肩が跳ね上がった。


 背後に、凄まじい殺気を感じつつも、恐る恐る振り返ると。

 亜麻色の長髪をハーフツインに結い、一見幼くも見えるが、その印象をまるごとひっくり返すような、鋭い眼光。シャツの第一ボタンを解放しているため、どことなくルーズな雰囲気。柊とは違った黒のショートパンツに編上げのブーツ。その異質な気迫を除いて、柊の目に映るそれは、

 ―――ただの少女だった。

 






 

 


 








 


 

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