りんご

@toumorokosi-cha

第1話

「おまえって本当肌荒れとは無縁そうだよな」

思春期ニキビくんが友達の美肌くんに嘆いていた。

「そうかな。特に何もしてないんだけどな」


この回答はあまり好まれない。

例えば「どうしてそんなに痩せているの?」

ときかれて「何もしてないよ」と答えるよりも「食事に気をつけているんだ」と言った方が好感度は高いことからもこのことは証明できる。

たとえ本当に何もしていないとしても。


つまり勝者の特権は乱用禁物ということだ。


しかし美肌くんは純粋であり、何か特別なことをしている自覚が彼にはなかったためそのままのことを答えた。



実際、美肌くんは肌に関して本当に何も凝った手入れはしていなかった。


ただすこし、果実の摂取量が他よりも多いということを除いては。



美肌くんは"果物が好き"だった。


「あら、可愛らしいじゃない」

近所のおばさんならそういうだろう。


しかし美肌くんが好きなのは果物を食べることではない。

彼が求めているのは味ではなく果物の存在そのものであった。


彼のシンプルな部屋には何か必ず果物が置いてあった。


寝る前になるとそれを両手で包み込みながら匂いを嗅ぎ、枕元に置いて共に朝を待つ。

特に心が不安定な時は手放すことができない。


それが習慣だった。


俗に言うライナスの毛布が彼の場合果物なのだ。


ただ少し違うのは毛布はずっと持っていられるのに対し果物はいつか腐ってしまうという点だ。


腐って捨てられるのはかわいそうだからと、それより前には食べてしまいまた新しい果物を迎え入れ世代交代を行なっている。


そのためビタミンを少し多めに摂取している美肌くんの肌は綺麗なのだ。


美肌くんは幼い頃から今のように果物を精神安定剤のように扱っていたわけではない。


ただ"おやつに出てくるりんご""こたつの上にあるみかん""ケーキのいちご"

そんな存在だった。


しかし美肌くんが成長するとともに果物への異常な執着心は増していった。



数ある果物のうち彼が好んで迎え入れたのは「りんご」だった。


いちごやぶどうは香りは良いが粒が小さく両手で包み込むことができない。

その点、みかんやももは香りも良く両手で包み込むこともできるが中身が柔らかくてちょっとした力で潰してしまう。また日持ちもしにくい。


このような経験から香り、サイズ、日持ち、硬さ。

全てにおいて一番ベストなのが「りんご」という結果に行き着いた。



今日も果物を枕元に置いて寝た(ざくろ)


今日も果物を枕元に置いて寝た(ざくろ)


今日も果物を枕元に置いて寝た(レモン)


今日は果物を手で包み込んで寝た(レモン)


今日も果物を手で包み込んで寝た(レモン)


今日は果物を両手で包み込んで寝た(レモン)


今日は果物を抱きしめて寝た(りんご)


今日も果物を抱きしめて寝た(りんご)


今日は果物を抱きしめても寝れなかった

                 (りんご)


次の日もその次の日も彼は眠ることができなかった。



美肌くんは学校を休んだ。


それから彼が学校に行くことはなかった。


学校を休んで5日目の朝、まだ夏だというのに彼は押し入れから引っ張り出してきた分厚い布団を被っていた。


そして、ただただ両手で大事そうにりんごを温めていた。


綺麗な肌の目元には濃いクマができ

「寒くはないか」

と何度も呟いていた。


彼の背中には黒い毛お腹には白い毛が生えた。

手は平たく長くなり遂には口から嘴も生えてきた。


彼はもはや人間ではなかった。


彼は布団を剥ぎ窓ガラスを割った。

そしてどこまでも広い空の中飛び入ってしまった。


          *


睡魔のチャンピオン数学の授業に襲われ中の思春期ニキビくんは半開きの目で窓の外を眺めていた。


その時、彼の目には一瞬空飛ぶペンギンが写った。


慌てて見返すともう姿は見えなかった。


それでも何の疑いもせずに「眠気が生み出した幻か」と解釈した。


だってペンギンは空を飛べないのだから。


          *


「へ〜皇帝ペンギンはオスがヒナを孵すんですね!?」


若いキャスターの声を漏らすテレビがつけっぱなしになった彼の部屋には生温いりんごだけがただそこにあった。








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