第40話 もう離れられない
「これから、どうするおつもりですか?」
透真様の気が済むまで顔を観察され、俺は若干ぐったりとしながら尋ねる。
腕も解放されたのだけど、まだしびれていた。
どれだけ楽しまれていたのかと、少し呆れてしまう。
それに文句を言うよりも先に、もっと話しておくべきことがある。
栫井家を勘当され、透真様にとってゴシップの種でしかない俺の、これからの処遇を決めなくてはならない。
「どうするか……お前はどうしたい?」
「俺に聞くんですか? あなたの将来が決まることですよ」
「俺だけじゃない。お前の将来も決まる。そこら辺、ちゃんと理解しているのか?」
「理解している上で聞いています。俺はあなたの選択に文句を言うつもりは一切ありませんし、絶対に従います」
「それは俺が上司だからか?」
透真様にしては珍しく、不安そうな表情をしている。
俺の答えに、何か考えるものがあるようだ。
いつもは自信に満ち溢れていて、どんなことがあっても揺るがされることは無いといった感じなのに。
この人は俺の言葉一つで、こんなにも表情を崩す人だったのか。
同い年の男性に対する感情としてはおかしいが、思わず抱きしめたくなってしまった。
「そんなわけないでしょう。もし上司としてしか見ていなかったら、とっくの昔に見捨てています。俺の今の立場は、そうですね……」
今までやられてきたから、その意趣返しとして俺も自分の中で一番悪い笑みを浮かべる。
「あなたに恋愛感情を抱いている、1人の男です」
完全に吹っ切れていた。
彼から離れられないと分かったのだ。自分を偽る理由が無い。
自分の正直な気持ちを伝えれば、彼が息を飲む音がした。
「っ。ず、いぶんと可愛いこと言うようになったじゃないか」
「あなたに鍛えられましたので」
「はは。違いない」
笑っていた彼はふと止まると、真剣な表情になり居住まいを正した。
「真」
「はい」
「俺と共に、地獄に落ちでも構わないか?」
改めて何を言い出すのかと思ったら、そんなことか。
わざわざ聞かなくても、俺の答えは最初から決まっている。
「透真と一緒ならば、どこにでも行きましょう」
彼と一緒ならば、天国でも地獄でも楽しめるはずだ。
むしろ地獄の方が、本領を発揮出来るかもしれない。
「それじゃあ地獄に行くか。閻魔の首をとるのも楽しいかもな」
「遠足じゃないんですから……きちんと準備はしておきましょう」
「真も楽しんでるだろ」
「吹っ切れましたから」
「こういうタイプが、吹っ切れた時が怖いんだよな」
何かぼそりと悪口を言ってきたから、俺はジト目を向ける。
「全てあなたのためですよ。……こんな俺は嫌ですか?」
彼の知っている俺じゃなくなっているとしたら、思っていた感じと違うと言われてしまうだろうか。
もう俺には、彼しかいないのに。
見捨てられたら、生きていられないのに。
そっと服の裾を握れば、大きなため息を吐かれた。
「透真、様?」
「……また様を付けている。さっきは呼べていただろ。透真だ。それよりも、どこでそんなのを覚えたんだ?」
「どこで? 何をですか?」
「分からないのならいい。そういうのは俺の前だけにしておけ」
「はあ、分かりました」
分かっていないなという顔をされたけど、俺は絶対に悪くない気がする。
たまに彼の言うことは突拍子もない。
今回も、その類だろう。
「こんなに危なっかしいと知っていれば、監視していたのに。本当に今まで大丈夫だったのか。貞操の危機とか」
「見ての通り、どこからどう見ても男ですから。こんな私に欲を抱くような人間はいないでしょう」
「言っとくけど、そういうのが好きな人間もいるからな。……目の届く範囲は牽制していたが、今まで何も無かったのは運が良かっただけか」
「透真の気のせいですよ。色々とやっかみは受けましたが、全てはね返しましたし」
「本当、優秀な秘書で助かる」
「恐れ入ります」
今までの苦労が報われるぐらい、その言葉は嬉しかった。
平静を装っていても、声は上ずり、口元も緩んだ。
顔の熱を冷ますために頬に手を当てるが、手のひらも熱いせいで意味が無かった。
「……そんなに可愛いところをどこに隠してたんだ」
「かっ!? 何を馬鹿なことをおっしゃっるんですか!」
脳じゃなく、眼科に行かせるべきだったかもしれない。
どうして俺が可愛く見えるのか。
本気で信じられないし、なんなら少し引いてしまう。
思わず後ずさりすると、その分近寄ってくる。
「あ? 可愛いだろ。俺のことを好きすぎて、少し褒めただけで赤くなる。健気で内助の功っていう言葉が、よく似合う」
髪を耳にかけられ、そして優しい笑みを向けられた。
「内助の功って……俺はあなたの妻じゃないですよ」
甘い空気に耐えられなくて、あえて突き放すような言葉を口にする。
「はっ! 何言っているんだ。俺のものだし、妻みたいなもんだろ」
からかっているわけはなく、本気でそう言っている。
だからこそさらに恥ずかしくて、俺は彼の顔を見ていられず、照れ隠しで軽く殴ってしまった。
俺の気持ちは彼にはお見通しなので、殴ったことに文句は言われず、むしろ受け入れられた。
世間にではなく、彼に殺されるかもしれない。
そんな心配が出てくるぐらい、彼は甘いし、もう離れることは出来なくなっていた。
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