たとえあなたが俺を嫌いでも

第39話 気持ちを止められることが出来ず

　栫井家から勘当された。

　別にそれは構わないけど、透真様の近くにいられないことが問題だった。

　すでに話は広まっている。

　それが事実でも嘘でも、世間にとってはどちらでもいい。

　透真様の周囲の人は彼のために俺を排除し、彼の敵である人は彼を陥れるために俺の存在を欲する。

　現在の俺は完全にいらない存在になっていた。

　彼のためを考えれば、すぐにでも消えるべきなのかもしれない。

　それでも俺は、すぐに逃げずに透真様の元へと向かった。

「……情報源は分かっている」

「！　どこからですか？」

「お前もよく知っている人物。美春からだ」

「妹が……？　あいつ」

　これでもしもデマだった場合、どう責任を取るつもりだったのか。

　家族と同じ考えなしの行動に、頭と胃が痛くなる。

　さっさと海外にでも行かせておけば、こんなことにはならなかったかもしれない。

　自分の考えの甘さに、俺は透真様に頭を下げる。

「申し訳ありません。妹が重ね重ね迷惑をおかけしまして」

「いや。お前が謝ることじゃない。きちんと終わらせなかった俺が悪かった」

「完全に妹が悪いです」

　透真様との関係が終わったのは、妹の責任である。

　それなのにみっともなくすがるのは、お門違いというものだ。

　更には、彼の評判を地に落とすような噂を流すなんて。

　血が繋がっているという事実を考えたくないぐらい、化けの皮が剥がれてからの妹の行動は酷かった。

「しかし、広めた方法がまずかったな。下手に頭が良かったせいで、まず敵対企業に情報をリークしたんだ。あっちは証拠が無くても、煙を立たせられれば良いんだから質が悪い」

「悪知恵だけは働くもので……」

「今まで大勢の人を騙していたぐらいだから、能力はあるが使い方が悪かったな。本当にもったいなかった。あの性格が分かっていれば、こうなる前に矯正したんだけど……もう手遅れか」

「俺も近くにいたのだから気づくべきでした。冷静にして考えてみれば、おかしな部分はところどころにありましたのに」

「今更考えたところで、すでに手遅れだから考えるのは止めておくか。それよりも今は大事なことがある」

　そうだ。

　今は妹のことで謝っている場合ではない。

　この状況をどうするべきか。

　一刻も早く火消しをしなければ、透真様の立場に関わる話だ。

　こんなスキャンダル、どう考えたってすぐに広まってしまう。

「御手洗家の方は、何とおっしゃっているんですか？」

「美春の件でももめたからな。もしも本当だったら、勘当も視野に入れると言われた」

「……勘当」

　それは俺が思う最悪の結末だ。

　透真様には、御手洗家のトップに収まるにふさわしい器がある。

　勘当なんてされてしまえば、宝の持ち腐れになってしまう。

　体から一気に血の気が引いた。

　俺の存在が、彼の将来を潰す。それは絶対にあってはならないことだ。

　相談をしに、ここに来るべきじゃなかった。

　父親から言われた後、存在を消すべきだった。

　自分の選択がどれほど愚かだったのかに気づき、俺は今からでも行動に移そうとした。

「おい、何考えている」

　しかしその思考を止めたのは、彼の呼び掛けだった。

　いつの間にか首を下げていたようで、彼の方を見れば、ものすごく不機嫌そうな顔をしている。

「……いえ……その……」

「今回はきちんと俺のところに来たから褒めようとしたのに、またくだらないことを考えているだろ」

　俺の思考は完全にバレていて、その上で怒っているようだ。

　思わず目を逸らしてしまった俺の頬に手を添え、彼は悪い笑みを浮かべた。

「言っておくけどな。今度俺から逃げたら、地の果てまで追いかけて、首輪つけて閉じ込めるからな。一生逃げようなんて思わないように、俺だけしか知らない場所にな」

　その言葉に嫌だと感じなかった俺は、たぶん末期だ。

　彼になら閉じ込められてもいい。

　一生彼とだけしか関わることが出来なくても、その方が幸せになれる気がした。

　こんな気持ちの悪い感情はさすがに言えなかったが、彼には少し伝わってしまったらしい。

「そんな顔をするな。本気で閉じ込めたくなる」

「も、申し訳ありません！」

　そんな顔って、今の俺はどんな顔をしているのだろう。

　鏡がないから分からないが、きっとみっともないものな気がする。

　慌てて腕で隠そうとしたのに、その手を掴まれてしまう。

「隠さなくていい。むしろもっと見せろ」

「み、見せろと言われましても」

　彼の前では、みっともない姿なんて見せたくない。

　そう思うのにまじまじと観察されて、いたたまれなくなる。

「今まできちんと見てこなかったから、お前をないがしろにして、一度は失いかけた。もうあんな気持ちになるのはごめんだ。だから全部見せろ」

「見せます、見せますから、あまり近づかないでください」

「恥ずかしいのか？　可愛い奴だな。本当に、今までもったいないことをしていた」

　止めてくれと言っているのに、意地悪な彼は更に近づいてくる。

　俺の心臓が壊れるのではないかというぐらいに鼓動して、この甘い雰囲気に耐えられなかった。

　透真様のためには、俺の存在が邪魔だと分かっているのに、俺は彼から離れられることが、もう出来なくなっていた。