第28話 新たな生活の続き





 世間とは離れた生活をしているが、全く退屈とは感じていない。


 昼は農作業があるし、夜は読書をすれば、あっという間に時間が経つ。

 そして他にも、楽しみにしていることはあった。





「まこ兄!」


栄太えいた、よく来たな」


「今日は一緒に魚釣りしてくれるって言ったじゃん!」


「分かっているって。ちゃんと釣り竿も用意した。それじゃあ行くか」


「うん!」


 長期休みのためにさとさんの元に遊びに来ていた孫の栄太が、嬉しいことに俺に懐いてくれた。

 俺の農作業が終わる時間を見計らって、家に毎日のように突撃してくるぐらいだ。


 こんなに子供に懐かれることは初めてなので、戸惑っているがそれ以上に新鮮で楽しかった。



 本来は村よりも少し栄えたところに住んでいる栄太だったが、外で遊ぶ方が好きなようだ。

 山や川など、遊ぶところには困らない場所なので、退屈になる暇がなかった。



 今日は、前々から約束していた魚釣りをする予定である。

 道具はこの家を掃除した時に見つけていたので、わざわざ買わなくて済んだ。


 釣りなんて片手の数ぐらいしかやったことがないが、栄太は上手いらしく教えてくれるらしい。


 歩いてすぐの川は、水も透き通っているし川遊びができるぐらいは深さもある。

 夏になれば地元の人以外にも、旅行者で賑わうと聞いた。

 確かに格好の遊び場だが、今日は俺と栄太しかいなかった。


「この時期は、あんまり人がいないんだよな。だから魚釣り放題!」


「そうか。それは楽しみだ」


「いっぱい釣ったら、まこ兄が料理してくれるんだろう? 楽しみ!」


「あまり凝ったものは作れないけどな。そんなに楽しみにしてくれるなら、腕によりをかけて作らないと」


 自分でも子供に好かれるような愛想があるとは思えないが、何故か栄太は懐いてくれている。

 年の離れた弟が出来たようで、妹の件で色々あった俺にとっては救いになっていた。


「やったー! 早く行こう!」


 そんなに俺の料理を楽しみにしているのか、腕を掴んで早く行こうと急かされた。

 半ば引きずられながらも、俺は笑いがこぼれる。


「分かった分かった。ちゃんと行くから、落ち着け。怪我するぞ」


「……はーい」


 さとさんはやんちゃで手が付けられないと言うけど、栄太は素直に言葉に従ってくれる。

 身内とはやはり対応が変わるものかとも思うが、信頼されているみたいで胸がくすぐったくなった。





「よっしゃあ! またきた!」


「おお、凄いな。……こっちも来た」


 さすが絶好の釣りスポットなだけあって、ほとんど初心者の俺でも何匹か釣ることが出来た。

 そして栄太の方は、その倍以上をすでに釣っている。


「まこ兄も上手だね! 俺の友達よりも、いっぱい釣ってる!」


「……さすがに小学生には負けられないからな。……と言いつつも、栄太には叶わないけど」


「当たり前だろ! 俺、この辺りじゃ上手な方なんだから! まこ兄に負けるはずがないよ!」


 そこからは競い合うように、さらに釣りを続けた。

 大量に釣れたおかげで、持ってきたバケツがいっぱいになる頃には、お昼前になっていた。


 2人でそれを持ちながら、俺の家へと帰る。

 さとさんと栄太の両親には、すでに昼食を俺がご馳走することは伝えてあった。


 どちらかというと新参者の俺に対しても、栄太のことをすぐに任せてもらえて良かった。




 俺が料理をしている間、栄太は学校から出された宿題を少しでも進めるように言い聞かせておいた。

 ブーイングされたけど、頼まれているから引かなかった。

 最終的には何とかやり始めたので、俺は1つミッションを達成出来たと胸を撫で下ろした。


「なあなあ、まこ兄」


「どうした?」


 魚をさばいていると、後ろから声が聞こえてきた。

 包丁を置いて見てみれば、今で宿題と格闘していたので、さばくのを再開しながら答える。


「まこ兄は、東京でひしょ? って仕事をしていたんだろ。どうして、この村に来たんだ?」


「まあ、色々あってな」


「色々って?」


 子供というのは、大人よりも遠慮をしないものだ。

 村の人達には、ここに来た時に前にどんな仕事をしていたのか軽く話していた。

 しかし辞めた理由や会社名までは、迷惑をかける可能性があるので、はっきりとは言わなかった。


 きっと大人が話しているのを、どこかで聞いたのだろう。

 そして特に考えず、気になるから俺に尋ねてきた。


「そうだな。俺は最も正直じゃなきゃいけない人に対して、嘘をついてしまったんだ」


「どうして?」


「その人に幸せになってもらうため、と思っていたけど、俺自身のためだったんだろうな」


「ふーん?」


 分かっていないのだろうけど、とりあえず相槌を打ったという感じだ。

 小学生に話すことじゃなかったと反省しながら、料理を作る手は止めなかった。


 そのまま話が終わり、鍋の中身を煮ている音や、魚を焼いている音しか聞こえなくなったのだが、すぐ後ろに気配を感じ振り返る。


 そこには思っていた通り、栄太が立っていた。


「どうした?」


「まこ兄」


 俺の腰ぐらいまでしか身長が無いので、精いっぱいこちらを見上げてくる。

 頭を撫でたいところだけど、今は手が汚れているから無理だった。


 だからそのまま見つめていれば、栄太が抱きついてくる。


「俺、勉強を頑張って、まこ兄をひしょにする!」


「そ、そうか。楽しみに待っている」


 まさか、ここまで好かれているとは思ってもみなかった。

 気の利いた返事が出来なかったけど、栄太は満足そうな笑みを浮かべた。




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