嫉妬(ちから)

「伽奈、練習行くよ」

「……うん」


 私は楽譜を取り出して、友人の由希の後をしぶしぶ追った。

 楽譜を見ると伴奏譜も一緒についているから嫌でも思い出してしまう。



 私は三歳の時からずっとピアノを習っていて、ピアノの先生からも期待されている生徒だった。


 中学生になって初めての合唱コンクール。


 伴奏者になると思っていた。ピアノの先生はそれを当然と思っていたし、友人たちも、「伽奈はピアノが上手いから伴奏者だね」と言っていた。


 ところが。


 担任の加川先生は、

「飯田さん。あなたは声量あるから、歌の方に回ってね」

 と言った。

 一瞬クラスがどよめいた。


 そんな……!


 音楽室に入ると、伴奏者になった上野さんがちょろちょろと音を出していた。


 私の方が絶対上手いのに。



「飯田さん、早く入って。練習するわよ」


 加川先生の憎たらしい声に我にかえると、クラスのみんなは定位置に立っていて私だけが入り口にいた。

「すみません……」


 私が位置に着くと先生が指揮棒を振り、ピアノの前奏が流れ出した。

 私は制服のスカートをぎゅっと握りしめる。

 せめて歌で頑張るしかない。



 私の視界に背の高い花木さんの姿が入った。

 私のピアノのように、先生について歌を習っているという花木さん。

 伸びやかなソプラノの声。

 美しい。誰もがそう思う声。


 私だって負けてない。声量はあるのだから。花木さんよりもっと、もっと高く、大きく。


「ゲホッ」


「飯田さん? 」

「すみません」


 もう一度歌うけれど、声がかすれた。

 悔しくて、情けなくて、涙が滲む。



 私の方がピアノ上手いのに。

 声だって出るのに。



「飯田さん、高さが合わないのかもしれないわね。アルトに入って」

「え……?」


 屈辱だった。

 私は上野さんにも花木さんにも勝てなかったのだ。


 こんなの……!  なんで私ばかり……!


「どうしたの? 早くして」

「……はい」



 私は。


 こんなことで負けるものか。


 上野さんが羨ましい。

 花木さんが羨ましい。


 でも、私だって。私だって頑張れば。



「いいわね。

やっぱり飯田さんがアルトに入ると違うわ! ピアノやってるから音程もしっかりしてるわね。

今日はここまで」


 加川先生の声に、私は呆けてしまった。

 滅多に褒めない加川先生。

「伽奈、すごいじゃん」

 由希が小突く。



 私はピアノが弾きたかった。

 それがダメならソプラノを歌いたかった。

 でも。



 嫉妬は力になるのかもしれない。

 私は負けない。アルトで頑張る。




 その年。私のクラスは合唱コンクールで優勝した。



                 了

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