★青い月


「どちらか選べ。旦那か子供か」

 男は銃を手に無慈悲に女に言った。

 女はがくがくと震えながら首を横に振った。

「で、できない! そんな、できない!」

 捕らえられた女の旦那と小さな子供は絶望的な目で女を見ていた。女はそんな二人のどちらかを選ぶなんてとてもできなかった。

「馬鹿だなあ。選べないってことは、どちらも選ばないってことだぜ?」

 銃を手にした男はそう言ってかちりと撃鉄を起こした。女はその音にはっとして、涙を流しながら叫んだ。

「やめて!

子供を! 子供を助けて!」

 その瞬間、女の旦那は頭を撃ち抜かれた。女は人形のように倒れいく旦那を見て、男を虚ろな目で睨んだ。そして、床に散乱していた食器の下にあった果物ナイフを掴むと、

「あ」

 男が止めるよりも早くそのナイフを自らの首に突き刺した。

「女は生かして捕らえろって話だったんだがな」

 男は独りごちる。

「まあ、仕方ねえか」

「おい、その子供はどうするんだよ?」

 男は失禁してしゃがみこむ子供を見た。子供は焦点の合わない目を男の方に向ける。男はそんな子供を哀れに思ったのか、

「こいつは俺が面倒みる」

 そう言って、子供の腕を引いた。

「坊主。行くぞ」

 男が家のドアを開けると、青い月が煌々と地を照らしていた。子供はその月をぼんやりと見上げた。


***


「そうやって助かったのが俺」

 カイは防波堤から身を投げようとしていた娘に語った。

「人間、選択で人生は成り立ってるけど、自分だけの選択じゃねえよな。

あんた、そのお腹、赤子がいるんだろ? その子はあんたの選択で人生が決まる訳だ。

ここで俺と会ったのも何かの縁。自殺なんてやめるんだな」

 娘ははっとしたように自分のお腹を見つめた。そして、戸惑うようにお腹をさすると、一度目を閉じた。

「そうね。もう、どうしようもないと思ったけど、もう一踏ん張りしてみるわ」

「そうしろや」

 カイはそう言って防波堤を後にしようとした。そのカイの歩みを止めたのは、

「カイ! その女だ! リーの子供を身籠ってるのは!」

 という兄貴分のクウの声だった。防波堤に向かってくる。

「この女、なのか?」

 髪の色が違うから油断していた自分にカイは舌打ちする。娘の方を見ると、娘は怯えた目で見つめ返してきた。

「くそっ」

 カイはやり切れない思いに一度こうべを垂れたが、苦い笑いを浮かべて娘を再度見た。娘の目には涙と怯えが浮かんでいた。

「わりぃな。俺も生きてかなきゃいけねえんだわ」

 カイは娘を後ろから海へ突き落とした。

 息を切らしてやってきたクウは、

「女をどうした?」

 と訊いてきた。

「……銃で撃って海に落としました。助かりはしないでしょう」

「そうか。明日死体が上がるのを待とう」

 カイは心のどこかで願っていた。娘が助かることを。もし娘が生き残れたなら世の中捨てたもんじゃないと。神様を信じてもいいんじゃないかと。

「まあ、まさかね」

 あの日と同じ青い丸い月が、海を白く照らしていた。娘が落ちた時にできた波はすっかり凪いで、海はただ静かに月明かりを受け止める。

「ああ、月が綺麗だ」

 カイは目をぐいと擦った。

 月は綺麗なだけで何もしてはくれない。


             了

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