それが日菜子の望みなら
「お母さん~! 制服のリボンが見当たらない~」
制服のブラウスのボタンをとめながら娘、日菜子が二階から降りてくる。
「洗ってたたんで置いといたけど?」
「どこに?」
「机よ」
「え~? あったかなあ」
もう一度二階へ上がって行く日菜子。その背中に、
「ご飯もうできてるから食べなさいね」
と声をかけた。ドタドタと階段を下りてきて、テーブルにつく日菜子。
「いただきまーす」
日菜子はまるで男の子のように私が用意した朝食を食べる。もうすこし女の子らしく育てれば良かったかしら。
「行ってくるね~!」
「お弁当持った? 」
「持った~!」
「気をつけてね!」
慌ただしいのがいつもの朝。
「日菜子は年々早苗に似てくるなあ」
新聞を読んでいた主人が笑いながら言う。
「私はあんなにがさつじゃないわよ?
ほら、貴方もそろそろ行かないと」
「そうだね。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、貴方」
二人を送り出し終えて、ふうと息をつく。
主人はああ言ったけど、日菜子の顔は主人そっくりだわ。
ふふっと笑って私も朝食を食べる。
いつもと変わらない朝。
――本当に?
私はこんな生活を送っていた?
頭痛がする。
高校生にもなる娘はいたかしら?
「気付いちゃった? お母さん」
日菜子の声。
「お母さんはここにいちゃだめだよ?」
どう言うことなの?
「お父さんが待ってるから、目を覚まして!」
目を、覚ます?
「ほら、早く!
お母さん、大好き! お父さんと長生きしてね!」
日菜子に促されて、私は重たい目を開けた。
目が覚めるとそこは病院で、私にはたくさんの管がついていた。そうだ。私は車で事故を起こして……。
「早苗!」
主人の声がする。
「良かった!早苗!」
「……貴方。私、また日菜子に助けられたわ」
日菜子。私が授かった赤ちゃん。
そして日菜子のお陰で、進行性の子宮がんであることが分かった。
結局、私はがんの治療を優先することになり、日菜子を産んであげることが出来なかった。
私と主人はその子供に日菜子という名前をつけた。
産まれていたら、そうか、高校生になるのね。
「日菜子のいる日常の夢を見たわ」
「……そうか……」
「あの子が目を覚ましてと言ったの」
私の目から熱いものがこぼれた。
「そう、か……!」
主人が私の手を握る。
私を恨んでくれてもいいのに、日菜子。それなのに貴女は私を助けてくれたのね。
「日菜子の分も生きるわ。私。それが日菜子の望みなら」
私の言葉に、主人は、「うん。うん」と頷いた。
了
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