父と本
高校三年の秋。
僕は体育祭が終わったというのに、志望大学も決まってない、勉強する気にもならないでいた。
周りが受験勉強に本腰を入れ始めたことに焦りを感じつつもやる気がでない。進路指導に行ってみるもののあまりにも多くの大学から選ぶことはできなかった。
そんなとき、僕が気を紛らわすために通っていたのは図書室だった。
図書室の独特の香りには安心感を覚えた。
何が読みたい、というのは特になかった。ふと目に止まった本を借りて読んでいた。
その日もたまたま手に取った古いハードカバーの本を借りて家に帰った。
自室に入り、本を開くと、貸出カードが目に入った。今はパソコンで管理されているので、使われていないそれはとても古びていた。何気なく見て、僕はあっと声を上げそうになった。そこには父の名前があったのだ。
僕は父が苦手だ。貿易会社で働いている父は、口数の少ない人で、何を考えているか分からない。一緒にいても何も話すこともない。
そんな父が読んだ本。
僕は少し緊張しながらページをめくった。
僕はこの本に夢中になった。
中国の清の時代が終わろうとする頃に活躍した人物たちを描いた本。沈み行こうとする国をそれぞれが各々の信念を持って必死で守ろうとしていた。
翌日が模試だというのに、あと1章だけ、と思いながら結局上巻を読み終えてしまった。分厚い本だったため、上巻を読んでみてからと思い、下巻を一緒に借りなかったことを僕はひどく後悔した。
そして、この本を父はどんな風に感じながら読んだのだろうと思った。僕のようにわくわくしながら読んだのだろうか。それとも退屈でなかなかページが進まなかっただろうか。分からない。
けれど、模試の後、図書室に下巻を借りに行った時、また貸出カードに父の名前を見つけて僕は何となく嬉しくなった。きっと父もこの本を楽しんだのだ。僕は物語を読むと同時に、父が同じように読んでいる姿を想像した。
僕はこの本をきっかけに、進路を中国文化科のある大学に決めた。もっとこの本の背景が知りたくなったのだ。
当時の僕の学力では通るのが難しいところだったので、死にものぐるいになって勉強した。図書館通いもやめて、毎日机に向かった。なんとしても入ろうと思った。
結果、僕はその大学に合格した。
合格発表の日の夕食の時、珍しく父が嬉しそうに酒を飲みながら言った。
「合格おめでとう。まさか高校といい大学といい、俺と同じところに進むとは、不思議な縁だな。
……俺は、ある本がきっかけで大学を決めたんだ」
その言葉を聞いた時、僕は確信めいたものを感じた。
そうか、父もそうだったのか。
「その本さ……」
僕が言った本のタイトルに父は驚いた。そして、懐かしそうに目を細めて頷いた。
了
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