誰かの日々のかけら(非恋愛短編集)
天音 花香
新しいバッシュ―とあいつ
僕のもとに新しいバッシュー(バスケットシューズ)がきた。
僕、
うちの中学は上靴が紐靴なのでそれで部活をやっていたけれど、新入部員が次々にバッシューを手に入れていくのが羨ましかった。
それで両親をこの一ヶ月で説得してやっとバッシューを手に入れたというわけだ。
早速部活の時間に持って行って履いてみる。うーん、かっこいい。これからお世話になります。
***
「おお! 智哉、バッシュー買ったんだ!」
「よかったな~!」
先輩たち気付いてくれた。そして、わらわらと僕の周りに集まった部員が僕のバッシューを踏んでいく。新しいバッシューは硬いので、こうやって踏んで怪我をしないようにするのが一般的らしい。
ところがその輪に加わらない部員が一人。確か、甲斐真治だったっけ? 僕とは反対に背の低いので目立っている一年生の部員だ。背は低いけれど、小学生のときからミニバスをやっていたとかで、動きがよく、ガードとして期待されている。
その彼は僕がバッシューを踏まれているのを冷めた目で少し離れたところから見ていた。何だよ。なんで踏んでくれないんだよ。わざとか? そういえばまともに話したこともないな。僕、嫌われてんのか?
視線が合うと甲斐は僕を睨みつけてきた。
やばい、まじで嫌われてるかも。
ガンつけたままで甲斐が僕の方に歩いてきた。
「お前、背が高いからってだけでバスケ初心者なのにバスケ部入ったんだろ? あまりチョーシに乗んなよ。お前の動きとろいんだよ」
甲斐の口から出た言葉に僕はぽかんと口を開けてしまった。こんなこと面と向かって言われたことないな。僕は怒りよりもショックを受けて佇んでいた。
「真治!! お前、言い過ぎ! 謝れよ」
「そうだぞ。同じ一年なんだから仲良くしろ」
「智哉、気にすんな」
先輩方が苦笑しながら僕の腕をポンポンと叩いた。
「なんでっすか? ほんとのこと言っただけっすから」
甲斐は謝るどころかさらに不機嫌になってそっぽを向いた。
「あー、いや、僕ほんとに初心者ですし、動きも悪いんだと思います。頑張ります」
僕は気まずい空気をどうにかするために笑いたくもないのに笑顔を作って言った。
それからはとにかく僕は練習に励んだ。悔しいけれど、甲斐の言うことは正しいと思う。甲斐は背は低いけれど、本当にうまい。
僕は背が高いからセンターになったけれど、重要なリバウンドもまともにできてない。それからゴール近くに常にいるのにシュートが入らない。速攻でパスをもらってシュートが入らないのは致命的だ。
僕はシュートをしてはそのリバウンドをする練習を朝一人でした。シュート練習は毎日150回。部活の時もかなりするから僕の腕は筋肉痛で上がらなくなるときもあった。
「最近智哉シュート入るようになってきたな」
「リバウンドも体張って頑張ってるしな」
先輩や同級生の部員から言われるようになってきて、僕は少し嬉しかった。だけど、僕の目標は甲斐に認めてもらうことになっていた。甲斐はというと相変わらずで、挨拶を交わすこともなかった。けれど、嫌味ばかり言っていたのが何も言わなくなっていっているのに僕は気付いていた。どうなんだろう。あともう少し、というところだろうか。
***
ちょうどいいタイミングに他校と練習試合をすることになった。僕はメンバーに入れるか不安だったけれど、どうにか補欠にはなれた。甲斐はスタメンだった。
僕は試合中、とにかく大声で応援した。点差は2点。僕の中学がわずかワンシュート分だけ勝っていた。その差を広げたいところだ。
点差が8点になったとき、
「智哉、お前も試合経験してみろ」
と言われて初めて試合でコートの中に入った。
緊張でがちがちになっていたけれど、とにかく甲斐に嫌味は言われたくない。僕は今まで練習したリバウンドを中心にとにかく頑張った。リバウンドをとったのは何回だったか。シュートも3本入れた。けれど点差は縮まり、4点になっていた。
相手校の選手がスリーポイントシュートをうってきた。これを入れられるとまずい。外れろ。外れろ。僕はそう思いながら、リバウンドをするためにゴール下で待った。
ボールはゆっくり弧を描き、そして、リングに当たった! 僕はジャンプして手を伸ばす。ボールに手が触れた。
そのとき。
後ろにいた相手校の選手が俺の背中を思いっきり押した。俺はバランスを失って床に倒れた。倒れる時に肘を強くぶつけて、僕はうめいた。念のため交代することになり、僕は悔しいとこのとき思った。
僕へのファウルでうちのボールになったのを甲斐がうまく運んでセンターの先輩にパスする。そのボールはネットをくぐり、結局6点差で僕の中学が勝った。
勝った。
けれど、自分の不甲斐なさに涙が出た。
「智哉、お前、何泣いてんだ? 勝ったんだぞ?」
「いえ、自分が情けないです」
「いや、ナイスファイトだったぞ?」
甲斐はあんなに活躍していたのに。僕は途中退場なんて。
そんな僕のところに甲斐が近づいてきた。僕は何を言われるんだろうと身構える。
「智哉の割には頑張ったじゃねーか」
甲斐はそう言った。名前を呼ばれたのは初めてだった。そして。甲斐は、僕のバッシューを踏みつけた。
「もう怪我すんなよ」
甲斐にそう言われ、僕はますます涙が止まらなかった。
「バーカ。男のくせに泣くんじゃねーよ」
「うるっせ」
甲斐の笑顔を初めて見た気がする。僕は泣き笑いをした。そして、もっともっと強くなりたいと思った。甲斐とスタメンになって全国目指したいって。
了
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