魔王が迎えに来ました

 アルバイトを終えた女子大生は軽やかな足取りで自宅に戻る。急ぎの課題も用事もなく、明日からの三連休はだらけ放題が確定されているからだ。徹底的に部屋の掃除に明け暮れるのもいいし、どこかに外出するのもいいなと予定をふわふわ組み立てながら階段を登りきると、異世界トリップから数年経って薄れかけていた記憶の中のそれと寸分違わない男が部屋の前に立っていた。細身だが均整のとれた体つき。射干玉の頭髪、月の光を塗り固めたような白い肌、柘榴石の如き切れ長の瞳。


「久しぶりだな、シュテルン」

「あ……」


 激しい衝撃と芽吹いた絶望により後ろに下がりすぎて、階段から落ちそうになった體は、柔らかい突起がついた触手に抱き留められた。


「どうして城から出ていった、俺の許から去った」


 動向を尋ねる声は、迷子の子供を相手にするかのように優しく柔らかかった。形のいい唇から紡がれる声とは対照的に女を拘束する力は怒れる獣のように理性を無くしている。

 女は心中を恐怖を支配されつつも乾いた呼吸を喘ぐように繰り返して、男の手から逃れようと無駄な抵抗をみせる。まるで空中の猛禽に目をつけられた兎のような抵抗を難なく羽交い絞めにし、蛇が獲物を締め上げて動きを更に奪うように。


「シュテルン、お前という星が見えなくなってから俺は随分と向う見ずになってしまった。頼むから抵抗しないでくれ、加減を間違えては大変だから」


 するりと人間の急所を捉えながら男が呟けば、それだけで理解したのか途端に女はひゅっと息を呑む音をピリオド替わりにして大人しくなった。数年ぶりに再会した魔王オトコは走馬灯のように浮かぶ記憶と異なっていた。

 女の記憶の中の彼の手は、誰かの命を慈しんで守り通そうとするものだった。それが今では命を引き裂いて奪い取るものへと変わっている。自身の大きな力を苦痛を与えて拘束し、逆らえば痛い目にあわせると誇示する事に使うのは稀だったのに。

 身を固くする女の細い喉元を、まるで「良い子だ」とでも言うように長い指が撫でる。自身が創作したものの、いつの間にか自身の手に余る程に逸脱していた世界から逃亡したツケはこんな形で自分を責め立てている。前髪に口づけが落とされ、服の上から全身を撫で上げる柔らかい棘のような左腕が蠢く。靴と靴下を履いたままの足を持ち上げられて、股の間に大きな足が捻じ込まれて……。


「俺の星、もう離れてくれるなよ。後生だから、愛しいお前の故郷を焼け野原にするのは心が痛む」

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