第8話 俺、沙耶香にアタックする⑷
「あの……高城さん」
俺は廊下を進み始めた紗耶香に後ろから声をかける。
紗耶香は振り向いて、「なんでしょうか?」と柔らかく微笑んでくれた。
なんと言ったらよいのかわからず、かといって好感度100で驚いてしまって思わず追っかけてきましたとは言えずに、
「あの、プリント大変ですね。半分持ちましょうか?」
訳の分からないセリフを口走ってしまった。
たいして重そうには見えないプリントの束。
でも紗耶香は俺の突然の接近に怪訝だという様子も見せずに答えてくる。
「ありがとうございます。大丈夫です。一人で持って負担にはなりませんから」
ニコッと、ここでいつもの女の子のスマイル。
ぐわっと俺の心を直撃する。頬が火を点けた様に熱くなるのを感じる。
俺は職員室に向かって紗耶香と一緒に歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
「高城さん……」
「はい」
「いつもお仕事、精が出ますね」
「好きでやっていることです。皆さんも手伝ってくれるので、とてもありがたいと思っています」
そう感謝の面持ちで答えを返してきた紗耶香と、二人並んで廊下を歩いている。
こちらを伺う生徒たちの目線がちらちら。
男子生徒の嫉妬もあれば、女子生徒の好奇心もありあり。
それはそうだろう。学年でも顔付き悪い男子ナンバーワンとして有名な俺が、学園のスーパーアイドルと一緒に並んで歩いているのだから。
結構ランクが上位の男子でも、この高城紗耶香さんと並んで歩くのは難易度が高い。カースト最上位のイケメン陽キャでも紗耶香はレベルが高すぎて簡単には告白できないという状況でもある。
俺は、言葉を選びながらおずおずと切り出した。
「高城さん。いつも俺の事、無視しないで相手にしてくれますよね?」
「はい。高坂さんとはクラスメイトですから当然です」
「他の女子は俺の事を無視しますが……」
「それは……」
紗耶香は返答に困ったという様子で少し俯いてから答えを返してきた。
「無知な偏見だと個人的には思います。高坂さんは……」
紗耶香は一拍置いて、口にするのが恥ずかしいという様子を見せてから。
「きちんと魅力のある男子生徒さんだと、思います」
そう発してきた優等生アイドルの頬はほんのりと染まっていた。
これは……?
マジ、脈ありなのではないのか?
俺は心臓が高鳴るのを感じながら、さらに慎重に紗耶香に近づいてゆく。
「俺、実は高城さんのこと、ずっと気になっていて」
「……!」
え? っという反応。紗耶香は驚いたという表情を浮かべていた。
だがその面持ちは黒板前の女の子とは違って、決して嫌がっている、困っているというものではなく、戸惑いと羞恥と喜びの混ざり合った複雑な心模様を映し出している。
「高城さん、学園のアイドルですけど、俺、そんなことは関係なく俺みたいなのに構ってくれる高城さんの事『いいな』って思っていて……」
紗耶香の端麗な顔が、さらに赤みを帯びてゆく。
紗耶香はさっきから押し黙ったまま俺の言葉には答えてこない。
大丈夫なのか?
本当に押してもいいのか?
迷いながらも覚悟を決めて、キモいと言われて一刀両断にされる事も覚悟して、言い放つ。
「俺、高城さんの事ずっと見ていたのでわかります。高城さんも俺の事、気になっているんだって」
「………………」
返答はなかった。しかし、その紗耶香の表情、戸惑いの目線、桃色の頬、開きかけたピンク色の唇は、紗耶香の心を歌っていた。
「俺、紗耶香さんが秘密にしている俺に対する気持ち、知ってます」
決定打だった。
紗耶香が雷に打たれたように硬直して足を止める。
「ずっと学園で高城さんの事気にしていたし、(『看破』で)調べましたから」
紗耶香は挙動を止めていた。
真っ直ぐに前方に目を向けて、でも心ここにあらずという面持ちで俺の言葉に惑っている表情。後、うめくようにつぶやく。
「私の事……本当に知ったんですか?」
「はい。(『看破』で)きちんと見ました」
「放課後の教室で……私が一人でいる時……とかでしょうか?」
紗耶香の言葉はわからなかったが、ここは流れに任せることにした。
「はい。ちゃんと(『看破』で)確認しました」
「ならどうして高坂君は……私に近づいてくるんですか? 私、何人かのとても親しかった友人に私の本当の事を打ち明けましたが、みんな驚いて、それから私のそばから去ってゆきました」
紗耶香の顔には哀しみというか、諦めの色が見え隠れしていた。
「みんな互いの事などわかりあえないんです。所詮、人は独りなんだと思い知らされました……ってすいません。こんな話、いきなり高坂さんにしても迷惑ですよね」
「そんなこと、ないです。全然迷惑じゃ、ないです」
「ほとんど初対面の方なのに……。優しいですね。私が高坂さんの事を一方的に気にしていたから、寄り掛かってしまったのかもしれません。すいません。今言ったこと、忘れてください」
そう言った紗耶香の表情は穏やかではあったが、その奥からは諦観が感じられた。
不思議な娘だと思った。誰もが憧れる優等生アイドルなのに、自分は孤独だという。俺の全く知らない女の子の姿が、そこにはあるのだった。
なんと言葉を続けてよいのかはわからなかったが、紗耶香にアタックして出来うるならば彼女にしたいという夢みたいな思いに変わりはない。加えて、紗耶香を慰めてあげたい、もっと言うと俺にできるのなら紗耶香の心を癒してあげたいという想いすら確かに俺の中に芽生えていたのだ。
「俺は……高城さんの事前から気に入っていて、その本当の事を知って、もっと高城さんと親しくなりたいと思いました」
その言葉に、紗耶香の表情に再び驚きが浮かんだ。
「高城さん。俺と……試しにちょっとだけでも、少しだけ親しい男女として付き合ってみるというの、どうですか?」
「!」
言ってしまった!
アタック、告白だ!
「嫌ならすいません。もう、話しかけたりしませんから」
慌ててフォローするが、あのクロぼうの与えてくれた能力、『看破』が本物なら、そして今ここで見せてくれた紗耶香の反応が本心からのものなら、無残な結果になる可能性は低いはずだ。
どうだろうか?
流石に学園二大アイドルの高城さんは、無理筋だったのだろうか?
ドキドキと、興奮と不安で心臓が高鳴っている。思いながら紗耶香をずっと見つめていると、紗耶香は胸の前に覚悟を決めたという拳を握って、こちらに真っ直ぐな視線を向けてきた。
「明日の放課後……」
「明日の……?」
「明日の放課後、一人で生徒会室に来てください。高坂さんに伝えたいこと、大切なお話があります」
正面から見つめてくる熱い視線、きっと引き結んだ唇に、その乙女の決意の程がうかがえた。
言い終わると紗耶香は、その場に俺を残して足早に逃げ去ってゆく。
半信半疑の俺だったが、紗耶香の反応は期待以上のもので、素直に驚いていた。
これは……
ごくりと再び唾液を飲み込む。
生まれて初めての彼女が作れるかもしれない。それも優しくて綺麗で、不思議な魅力を見せてくれた女の子を恋人にできるかもしれない。
嬉しさがこみあげてきて、衆目の通過する廊下にも関わらず、『ひゃっほう!』と思わずガッツポーズで飛び跳ねてしまう俺なのであった。
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