第9話 謝る

「それが、俺に雑炊を出した理由か?」


「そうです」


 涼音はふん、と鼻を鳴らした。何か言われるのかと芽生が身構えていると、涼音はのんびりと頭の後ろで腕を組んだ。


「早川が褒めるだけはある」


 まさか褒められるとは思っておらず、芽生は拍子抜けした。


「え、褒められた!?」


「俺は正当な評価をするだけだ。早川から上がってくる書類によれば、お前は相当仕事もできるし、来客に気づけば一番に出て行って面倒がらずに対応するという。客からの評判も良いそうだ」


「早川主任、私のことちゃんと見てくれてたんだ……」


「当たり前だ、そのために俺が人事異動させたんだから」


 なんなんだこの自信家っぷりはと芽生が思っているのが、もろに顔に出た。


「自信がなきゃ社長なんかやってられっかよ。でもな、こんなに仕事できるのに、埋れても気づかないくらいに地味だとは思わなかったがな」


「褒めるかけなすかどっちかにしてください」


「ちなみに、お前の影のあだ名は〈地味茂じみも〉だそうだ」


(――大きなお世話だ!)


 そんなのは芽生も知っている。むしろ、地味にしていた方が助かるのだ。


「でもな、お前、わざと地味に見せかけてるだろ。履歴書見てもそれほど地味じゃないし、昨日見たときだって、今ほど地味じゃなかった。ダブルワーク禁止なのがばれないようにか?」


 芽生はもうこれは逃げられないぞと、再度腹を括る。どうせクビになるのだったら、いまさら嘘をついても仕方がないので、素直にうなずいた。


「ええ、まぁ」


「残念だったな、俺に見つかって」


 芽生はムッとして目の前の美男子をちょっとだけにらんだ。


「俺に見つかったのが運の尽きだな」


 涼音は姿勢を元に戻すと、ふと表情を和らげた。


「……昨日は本当に疲れていた。食欲なんかここ最近はほとんどない。気づかれないようにしていたんだけどな」


「本当に疲れていたんですね。だったらそう言えばいいのに」


「さっきも言ったが、社長が疲れてる顔見せられるかよ」


 さいですか、と芽生は肩をすくめた。


「疲れも見せられないって、ちょっと辛いですね」


「そんなのは慣れている。だから……見破られたのは初めてだ」


 芽生はきょとんと目の前に座る美男子を見つめた。昨日の夜よりも多少、顔色は良さそうにしている。


「それくらい気がつきますよ。だから、栄養のあるお雑炊にしたんですってば。あのお出汁美味しいんですよ、ちゃんとカツオと昆布からとっていて。それに生姜と溶き卵と、小ネギなんて、最高に決まっています。あれが不味いと感じるなら、舌ではなくて脳みそ腐ってます」


 それに涼音はくつくつと笑った。それは、笑いをこらえたいのにこらえきれないという顔だった。


「とにかく昨日は悪かったよ。あんな言い方して。疲れすぎていて、八つ当たりしたんだ。お前のおかげか、よく眠れた」


「あの鬼社長が謝るなんて……もう一回言ってもらえませんか? 録音したいです!」


 感激した芽生が、ポケットから携帯電話を取ろうとすると、涼音はむっとして眉毛を上げた。


「あのなぁ。だからと言って、それと副業とは別だ!」


 ぴしゃりと放たれた涼音の大きい声に、芽生は一気にピシッと気をつけの姿勢に戻った。

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