第12話 ふわふわ――魔法のパンケーキ

「今日はなにを作るの?」

 シュネーが首を傾げた。

 ハナたちは居間のある母屋からくりやへ移動し、作業台に材料を並べた。

 地下の保存庫から持ち出してきたのは、卵、牛乳、砂糖、バター、蜂蜜、それから『魔法の粉』。

 ハナが神妙な顔をして、シュネーの疑問に答える。

「この前、村の人に貰ったんだけど、この魔法の粉を使うとね、パンケーキが超絶ふわふわに焼けちゃうんだって」

「わぁお」

 シュネーの顔が、明かりが灯るようにぱっと喜色に輝いた。満面の笑みがあまりに眩しい。パンケーキは二人共通の大好物料理だ。

 ハナは、用意したボウルに卵を手早く割り入れ、牛乳を入れて泡立て器をかちゃかちゃと回し始める。そのあいだに、シュネーが砂糖と魔法の粉をふるいにかけだまを取り除いていく。

 黄身と白身の区別がなくなったら、ふるった魔法の粉をボウルに投入し、さっくりと混ぜ合わせる。

 ポイントは、あくまで混ぜすぎないこと。しっかりと混ぜたくなる気持ちを抑えて、粉っぽさがなくなる程度で混ぜ終えると、次なる焼きの工程へ移る。

 既に火を熾していた竈の上部にフライパンを置き、熱したところに油を引く。弱火を保ったままフライパンの熱さを慎重に見計らい、熱すぎず冷たすぎずのタイミングで、おたまに掬ったパンケーキの素を高い場所からフランパンへ流し込んだ。ほんのり黄色い粘性の液体が、フライパンの上で綺麗な円を描いて広がり、思わず二人でガッツポーズを作る。

 弱火でじっくり、焦りは禁物。表面が熱でうっすらと固まり始め、ぷつぷつと穴が開いてきたら返しどき。フライ返しをすっとパンケーキとフライパンのあいだに差し込み、一気に持ち上げて素早く返す。こんがりときつね色に焼けた裏面に、「おおー」と二人の歓声がユニゾンした。

 ここまで来れば勝利は目の前だ。きっかり二分間置くと、液体だった部分が完全に固まり、砂糖と小麦粉の混ざった甘い匂いが厨のなかを満たしていた。

 ハナはフライパンを竈から上げ、シュネーが差し出した皿の上にさっと滑らせて、一枚目が完成。

 フライパンを一度濡れ布巾に置いて冷ましてから再び火にかけ、加熱し油を差して、二枚目の作成に取りかかる。この流れ作業を焦らず素早く繰り返せるがどうかが、完成形の出来映えを左右する。



 二人で交代しながら、一人三段、計六枚を焼き上げ、バターと蜂蜜で表面を飾って食卓へ並べると、ハナとシュネーはどちらともなく顔を見合わせ、へらりと力の入らない笑顔を作った。大好物を前にして、ついつい表情が緩んでしまう。

 飲み物に熱々の紅茶と、果物を盛った籠を食卓に添えれば、立派な朝の食卓の完成だ。

 「いただきます」と二人で唱和して、ナイフとフォークを操って分厚いパンケーキに切り込みを入れていく。魔法の粉を使ったパンケーキは、普段の小麦粉とふくらし粉を使ったものよりもふっくらと膨らみ、厚みが倍ほどはあるように見える。切り分けた断面は、ふかふかの黄金色だった。

 浸すほどに蜂蜜をかけたその一切れを口に含むと、口のなかにふわふわ、じゅわりと幸せが溢れ出てきた。思わず目を丸く見開いて、互いに顔を見合わせてしまう。

 二人して無言で一枚目を完食し、紅茶を一口飲んでから「ほわぁ」と溜め息をつく。

「あり得ないくらい美味しい!」

 シュネーが興奮で顔を赤らめながら言う。

「本当に魔法がかかってるみたいだねぇ」

 ハナは幸せいっぱいの笑顔で応える。

「村の人、どうやってこれを開発したのかしら。気になるわ」

「これってとても危険だよね。この魔法の粉が出回ったら、わたしたち毎日パンケーキ食べ続けてぷくぷくになっちゃうかも」

「それは……困るわね」

 毎日食べるところを想像したのだろうか、まんざらでもなさそうにシュネーが言う。ちょっとぽっちゃりしたシュネーも見てみたいかも、とハナは思う。実際に本人に告げたら怒られそうだが。

 短い会話を挟みながら、温かいうちにと二人で忙しく手と口を動かし、三枚のパンケーキをぺろりと完食する。大満足で微笑み合った二人は、それから紅茶を何杯もおかわりしながら、会えなかったあいだの出来事を日が傾くまでずっと話し込んでいた。


 シュネーはその晩に、箒に乗って都市へと帰って行った。

「忘れないで、四日後よ」

 見送るハナに、シュネーは念を押す。

「魔女会議の時間には、通信機が自動で起動するよう設定しておいたから」

「わかった、楽しみにしてる」

「じゃあね」

 箒に横乗りしたシュネーと、その膝に乗った白猫のユキの周囲にふわりと風が舞い上がる。

「……ねえ、シュネー」

 ハナは今しも飛び立とうとしているシュネーに、思い立って呼びかけた。

「なぁに?」

 シュネーはきょとんとした顔で、ハナの次の言葉を待ち受ける。

「あなたはなぜ、魔女になったの?」

 ハナの問いかけに、シュネーはしばらくぽかんとしたような顔をしていた。

 シュネーはどうして今更そんなことを訊くのかと言いたげに小首を傾げる。

「魔女になる理由なんて、当人にはないものじゃない?」

「そっか……そうだよね。ごめん、変なこと訊いて」

「別にいいよ。それじゃあ、またね」

「うん、おやすみ」

 シュネーは視線を夜空の高みに向けると、今度こそ風を巻き上げて真っ直ぐ上に舞い上がっていった。

 静かな夜が戻ってくる。たったの二日間なのに、賑やかで華やかなシュネーがいなくなると、ハナの心にぽっかりと穴が空いたような気がする。ハナの心を読み取ったのか、顔の横で、存在を主張するようにムニンが羽を震わせた。

「四日後が待ち遠しいねぇ、ムニン」

 ハナはそんなムニンに頬を寄せて、独り言のように「寂しいなぁ」と呟いた。

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