第8話 幸運――記憶 ①
「おまえは幸運な子だ」
誰かが言った。どこか人を嘲笑うような、不快な口調だったが、それを指摘するほどの気力がもう残っていなかった。無論、不愉快な相手から距離を置くため歩き去ることもできない。
まるで演壇に立つ為政者のように自信に満ちていて、それでいて耳元で秘密を明かすように密やかに、誰かは続ける。
「魔女になるための備えと、そして供えを持っている。喜ばしい。希有なことだ」
言葉の意味はさっぱりわからない。けれど、「魔女」という言葉に、心にあった恐怖心が煽られる。その響きに恐れを感じない者などいるだろうか。「魔女になる」とは一体どういうことなの?
周囲は暗闇で、目はなにも映さない。力の入らない体の、右の手に強く意識を向ける。その手に、繋いだ手があったはずだった。
右手を力の限り握ろうとして、ようやくほんの少しだけ動いた。肌が擦れて、そこになにかの感触があった。
それは柔らかくも温かくもなかった。冷たくしっとりとしていて、まるで粘土のように重い、なにか。声が出たなら悲鳴を上げていたかもしれない。それほどに、本能的な嫌悪感を刺激する。
それを知っている。それは『死』だ。
話しかけている対象の心の機微などつゆほども気に留めず、誰かは含み笑いする。
「どれ、おまえの運命を試してやろう」
「助けて」と言いたかったのに、唇はわずかも動こうとしなかった。
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