僕の遺影を書いてほしい
音河 ふゆ
第1話 屋上、出会い
その日はこれ以上ないくらいの快晴だった。
空は入道雲を浮かべ、太陽は普段人の居るはずのないこの屋上を熱く照らしている。
「せっかく死ぬなら空が綺麗な日にしよう。」
そう決意してから一月、ついに今日の空は少年が死ぬのに値したのだ。
「ほんと、なんも良いこと無かったなぁ」
その少年、
眼下に広がるグラウンドでは体育の授業が行われていて蟻みたいに小さい生徒たちが必死にサッカーボールを追いかけている。どうやら誰も気づくことは無さそうだ。
別に誰かに引き留めてほしい訳じゃなかった。
でもそれはまるで決まり事であるかのように訪れた。
「ねぇ、何してるの?」
いざ飛び降りよう……日向が一つ深呼吸をした時に”それ”は現れた。
無視しようとも一瞬思ったが二人しかいないこの空間では流石に無理があった。
「何って、見たら分かるだろ。自殺しようとしているんだ。」
「ヘ~、そうなんだ」
興味なさげな声で話すそれの正体は日向を迎えに来た死神でもなく、引き留めに来た学校の妖精でもなく一人の少女だった。
黒いロングの髪にきっちりと制服を着た少女は日向も知っている顔だった。
「……辻崎さん、何でここに?」
その少女、
普段の彼女は活発で明るい、自殺志願者で不登校気味な日向とは真反対に存在する人間だ。
そんな彼女が授業中、しかも立ち入り禁止であるはずの屋上に居るのはひどく不自然だった。
「私?私は空を見に来ただけだよ、せっかくなら高いとこから眺めたいし。」
目の前に自殺しそうな人が居るというのに彼女の声はたまに教室で聞こえる声と変わらない調子であった。
そうなんだ、じゃあね、軽く返して日向は改めて死のうとまた手すりに手を掛けた。
しかしさっきまでなら飛び越えられたであろう錆びた手すりが越えられない。後ろの叶が気になって仕方がないのだ。
ちらりと後ろを振り向くと彼女はさっきの言葉通り床に寝っ転がって空を眺めている。こちらの事など全く気にかけていないようである。別に止めてほしい訳では無いのだがその態度が日向の自殺衝動を削いだ。
結局日向は柵を握りしめたまま飛び降りることは出来なかった。チャイムが自殺日和の綺麗な青空に響き渡る。
(そういえば辻崎さんはどうしてるんだろう?)
ふと気になった日向が振り向くと彼女はさっきと変わらぬ態勢で空を眺めていた。
(ずっと見ててよく飽きないな。)
日向がそう思った時彼女はまるでテレパスかのように丁度顔をこちらに向けてきた。気まずくて思わず目を逸らす。
叶はよっと起き上がりスカートに付いた汚れを手で払った。
「君、結局死ななかったんだね。」
「まさか人が居るとは思わなかったからね。」
「じゃあこれから人の居ない死に場所を探すの?」
変なことを聞いてくるな、日向はそう思った。
「さぁね、いずれにしても君に関係のある事じゃないだろ。」
ぶっきらぼうに言葉を返す。
「それはそうかもね。でももし死ぬ予定がないなら君にお願いしたいことが一つあるんだけど……」
「え、まぁ僕のできる範疇の事なら構わないけれど……」
今日の自殺計画はすでに頓挫してしまった。どうせこのまま家に帰るくらいなら少し手伝ってやろう。そんな気概で日向は引き受けた。
「やった!ありがとね。で肝心の内容だけど……」
彼女は口を濁らせつつも告げた。
「私のデッサンのモデルになってもらいたいんだけど良いかな?」
どうせ大したことじゃないだろうと踏んだ予想は大きく外れた。
「……は?」
「大丈夫、椅子に座ってもらうだけだからさ。ほんとにそれだけだから!」
絶対に自殺志願者に頼むことでは無いだろうと日向は思ったがさっき出来る事ならと言ってしまったのは自分である手前断ることは気が引けた。
「……別に僕で良いなら構わないけど。」
「ほんとに!?助かるよ!」
「でも条件が一つある。」
神妙な顔つきで日向が言うので叶の顔も少し引き締まった。
「……私も出来る事なら何でもするよ。」
「辻崎さんが描いた絵を僕の遺影にしてほしい。」
どうしてそんなことを言ったのか日向にも分からなかった。ただ叶の言うがままなのんが嫌だったのかもしれない。
「なんだそんな事か。いいよ、じゃあ放課後美術室で待ってるからね。」
叶は条件を快諾しそのまま屋上を後にした。
(なんか面倒だけど死ぬ前の一つくらい何か貰っても許されるだろ。)
そう思いまた日向も屋上を後にした。
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