034 夕の明陽
刻限は黄昏を越え、宵の月が空に顔を出す時分。
そんな西陽の沈んだ荒地、異形の群れの前列に、橙の小さな種火が灯された。
瞬く間に肥大化する灼光が、星空を山吹に染め上げてゆく。光の根源から幾筋も迸る光条が、交差し、並走し、反射する。
陽の檻が戦場を循環し、異形の群れを蹂躙してゆく。焔が異形を悉く呑み込み、その元素を取り込んでさらに肥大化する。
巻き起こる、破壊と膨張の連鎖。
衝撃はない。あるのは敵を飲み込む圧倒的な熱量のみだ。
柔らかな波紋が異形の進行を押し留め、膨れ上がった焔が群れを覆い尽くし――
夜の澄んだ空の下に、再び陽が昇った。
昇り始めた
やがて街へ迫っていた異形が痕跡すら残さずに消え去る。
それが、アイグレーを襲った未曽有の災害の、静かなる終焉だった。
§
陽光の消滅と同時、力を使い果たしたフェルトが大きくふらついた。
体内元素の大量消費に、制御陣展開の際に失った大量の血液。目の前が暗くなり、鈍い痛みが頭に走る。莫大な元素を保有する少女が初めて体験した、元素欠乏症だ。
大きくよろめき、荒れた大地へと転倒しかかって――背中を、誰かに支えられた。
「……え?」
覚束ない紺碧を上げた先、交錯する瞳はカーレルのものだ。傷だらけの顔に小さな笑みを浮かべ、
「良く頑張ったな。遠くからでも見えた」
「あ……」
その言葉に何かが報われた気がしたのは、フェルトの気のせいだろうか。こみ上げる感情を必死に押し堪えて、
「……わたしはカーレルさんたちが撒いてくれた種を芽吹かせただけです。大したことはしていません」
アルギュロス隊員たちの理解が無ければ、今回の術式は発動しなかっただろう。きっかけを与えてくれたのは、昨日のカーレルたちの活躍に他ならない。
「それでも、だ。大変だっただろう」
「……それはこちらのセリフです。そんな傷だらけになって」
少しの非難を込めて、力の入らないジト目を向ける。
カーレルの姿は、出会ったあの日のようにボロボロだった。致命傷こそないようだが、大小さまざまな傷が全身に刻まれている。ヒュドラ・ブリードでなければ立つことすらままならないほどの負傷だ。
少女の言葉に、気まずげに目を逸らしたカーレルは、
「……それだけ難敵だったんだよ。無事に帰ったから許してくれ」
反省の見られない言葉に、フェルトは「はぁ」と小さくため息をついて、
「わたしは休みます。後事を引き受けてください。それで許してあげますよ」
その言葉に、カーレルの表情が嫌そうに顰められた。
「……こっちは負傷してるんだが」
「知りません。自業自得です。頑張ってください」
全員の生存を確認できた今、もう懸念はない。後は、言うことを聞いてくれない生意気な部下に押しつけても大丈夫だろう。
「……わかったよ。ゆっくり休んでくれ」
「はい、おやすみなさい。カーレルさん……」
温かな微睡みに誘われ、少女は穏やかに意識を手放す。
もう、その先で――フェルトが悪夢を見ることはなかった。
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