026 現状報告と中途報告

 前日に行われた戦闘、並びに崩落での死傷者は部隊の二割を超えた。アルギュロス発足史上最大の損耗率だ。


 戦場が陥没したことも相まり、部隊は街の城壁手前まで戦線後退を余儀なくされる。街にこそ被害はなかったものの、士気の低下は必然だった。


 さらにアルギュロスの受難は続く。


 大侵攻前に行われていた隊長会議で、フェルトが報告したサソリ型の異形。アイグレーの部隊が初めて遭遇した、地中潜行能力を持ったフォボスである。それに関し、碌に対策を取らなかった上層部の責任が追求されたのだ。


 他にも、特記戦力たるヒュドラルギュロスの後方待機も取り沙汰される。これらの失態が戦況を悪化させたのではないかという噂が、街中に流布されたのだ。


 糾弾対象となったのは、アルギュロス総長のゲーリック・コルファニオ。元々の評判がよろしくないことも相まって、その求心力は一晩で低下。現在は失点を取り戻すべく、喚きながらも前線に立っているとのことだった。


「――と、これが大まかな現状よ」

「……メイドの次はアルギュロス隊員か」


 呆れを浮かべるカーレルに状況を報告したのは、アルギュロス制服姿のミレーナだ。今現在は昼を大幅に超えた時間帯である。


 昨日とは打って変わり、ヒュドラルギュロスは各所に分散していた。遊撃部隊同然の働きで、各々の特性を生かし、敵の侵攻を食い止めていたのだ。


 少なく見積もっても、第二波の三割ほどはカーレルたちが仕留めたはずである。現在は互いの状況を共有するべく、定時連絡のため移動している最中だった。


「お前が変装趣味だとは知らなかったな」

「失礼ね。せっかく耳寄りな情報を仕入れてきたのに」


 唇を尖らせるミレーナは、表情に少し影を落とし、


「基本的に行政府とアルギュロスは仲が悪いものね。もっと早くあの子たちの現状を知ることができれば、ってオルハ様も悔やんでいたわ」


 アルギュロスはその設立の経緯から、半ばコルファニオ家の私兵集団と化している。そして分隊たるヒュドラルギュロスも、その指揮下で運用されるのだ。


 いくらフェルトたちが優れていても、杜撰な運用では力を十全に発揮できない。その上、行政府側からも迂闊に接触することすらできない状態だったのだ。


「その意味では、カーレルがそちらに移動したのは不幸中のさいわい、ってことでしょうね。正直、貴方からの情報や伝手で諸々の行動が一気に取り易くなったわ」

「……今回のアルギュロス上層部――コルファニオ家の失点を利用するのか」


 言葉に険が入り、カーレルの拳がきつく握られる。それを認めたミレーナが首をゆっくりと振り、


「貴方の気持ちも分かる。私だって犠牲になった人たちには申し訳ないと思っているわ。それでもこのままゲーリックが組織の上に立ち続けたら、被害は今後も増えていくのよ」


 その意見には同意のカーレルだったが、感情が頑として首肯させなかった。


 昨日の、いやそれまでの襲撃で命を落としたアルギュロスの隊員や街の住人たち。結果的にとはいえ、行政府の講じた方策はそんな彼らの犠牲を利用するものだ。どうしても、そんな嫌な考えが脳裏をよぎってしまう。


「それともう一点、三年前の件について少し進展があったわ」


 ミレーナの言葉に、カーレルは目を細めた。


「当時責任を取らされて罷免された参謀と接触できたの。彼が言うには、実際にあのときの作戦を立案したのは彼自身じゃなくて、コネで参加した――ジャスパーだったらしいわ」


 幼馴染の相貌が、苦虫を噛み潰したように顰められ、


「問題だらけだったその誘導作戦が強行された結果、あの被害に繋がった。そして、そのゴタゴタに巻き込まれて命を落としたのがクロッツァ夫妻――ランディ君の両親よ」


 告げられた情報に、カーレルは己の心が冷え固まっていくのを感じた。つまりあのふたりは、コルファニオ家の身勝手さで家族を喪ったということだ。そうやすやすと伝えられる事実ではない。


「知らせるタイミングは任せるけど、作戦のあとがいいと思うわ」


 同じことを考えていただろうミレーナの言葉に、カーレルは苦々しい表情で、


「……昨日ジャスパーを助けたんだが、見捨てたほうが良かったかもしれないな」

「あら、それはおかしいわね」

「ミレーナ?」

「いえ、昨日の戦闘以降ジャスパーの姿が見あたらないのよ。この件でマークしていたのだけど本隊に合流した形跡がなかったの。だから崩落で死んだと思っていたのだけど」

「それはないはずだ。腕を喪っていたが、オレが昨日あいつと部隊の仲間を助けている」


 かみ合わない情報に、揃って首を傾げる。


「……継続調査が必要ね。前科もそうだし、怪しい集団と接触した形跡もあったの。何をしても不思議じゃないわ」

「すまない。そっちは頼む」

「ええ、承ったわ。……オルハ様はこれまでの不祥事をついて、アルギュロスと歩調を合わせるつもりだと仰っていたの」


 具体的には、ゲーリックを罷免して別の人物をトップに置き換えるということらしい。その上で改めてアルギュロスと協力体制を築き、街の防備を固めるのだという。


「そしてその計画には、ヒュドラルギュロスに対する住民の認識改善も含まれているの。だから貴方たちにとっても悪いことじゃないはずよ」


 ミレーナが勿体ぶったように指を立てて、


「あの方からの伝言よ。『この先ヒュドラルギュロスにはもっともっと働いてもらうことになる。だから、絶対無事に帰ってくるように』ですって」

「……人使いの荒い領主様だな」


 盛大にため息を吐くカーレルへと、ミレーナがクスクスと笑いながら、


は大変ねぇ」

「……なんだよ、その含み笑いは」

「いいえ、べっつにぃ」


 あらぬ方向を向いて誤魔化したミレーナは、改めてカーレルに向き直る。


「じゃあそろそろ私は戻るわね。これからが山場なんだから、気を抜いちゃだめよ」


 ミレーナの言葉通り、再配置された防衛ラインの向こう側には、異形の影があった。昨日の生き残りと、遅れ来た残党の混成群。今までより規模は縮小しているものの、それでも十分に危機足りうる侵攻の第三波だ。


「オレだってもうあんなのはりだ。死なないこと最優先で頑張るさ」

「それと、もちろんあの子たちも怪我させないでよ」

「善処するが、結局はあいつら次第だ」

「あら、それは信用ならないわねぇ」

「……お前、フェルトと同じこと言ってるぞ」


 ぼやくカーレルへとミレーナが拳を突き出し、


「それはそうよ。私たちもうお友達ですもの」

「じゃあ、その友達も無事に帰してやるさ」


 カーレルが己のそれを打ちつけるのだった。

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