024 快進撃
風を孕んだ外套がバサリと翻り――同時の着地、疾走。その間にも、戦況はどんどんと悪化してゆく。
サソリの半数ほどが周囲を蹂躙し始め、残りが向き直るのは崩落現場。ハサミが開き、尾の先端が向けられ――圧倒的な密度の岩弾が射出された。
「あいつら、戦場を丸々破壊するつもりかっ⁉︎」
足場を崩壊させられ、土煙の向こうから一方的に蹂躙される。聞こえるのは、先程よりも大勢の悲鳴と岩弾が鳴らす破砕音。戦線は崩壊したも同然だろう。
「ランディ、思うところがあるかもしれないが、ひとまず話を聞け」
混乱の只中にある戦場を睨みつけたま、カーレルは並走するランディに声をかける。
「……なんだよ」
「自分たちを虐げてきた奴らを助けるのは不満かもしれないが、そこは発想の転換だ」
「発想の転換?」
「ああ。手早く敵を潰して今まで見下してきた相手を助けてやるんだ」
ニヤリと口元で三日月を描き、
「――すごく、スカッとすると思わないか?」
横目で見えるランディは、疾走しながらもキョトンとした表情を浮かべている。だが内容を理解したのか、犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを作り、
「ははっ、なるほどな。ザマァみろ、って奴か。……いいぜ、乗ってやるよっ‼︎」
混乱する後衛部隊を後方へと置き去りにし、戦場を二条の閃光が駆け抜ける。ふたりは噴煙立ち込める崩れた戦場の手前まで差し迫っていた。
巻き上がった噴煙に遮られ、視界は最悪。混乱の渦中からは異形の咆哮と人々の悲鳴が途切れ途切れに響いている。
「オレが左回り、お前が右回りだ。雑魚は無視してもかまわない。標的撃破が優先だ」
素早く作戦を立案したカーレルは、内容をランディと共有し、
「――どうせなら競争でもするか?」
「はっ、上等だ――俺が勝つに決まってるけどなっ」
「面白い、やってみろっ‼︎」
後衛陣に現れたサソリを無視し、ふたりは左右に分岐した。こちらに反応したサソリを足場に跳躍し、カーレルは先へと疾走する。
直後、側方から焔槍や蒼光が幾筋も飛来し、炸裂。異形を塵芥に還す。フェルトとレイチェルの援護だ。
障害を無視したカーレルが蒼い疾風と転じ、戦場の空気を貫いてゆく。出掛けの駄賃に一閃し、甲虫類の雑魚を斬り伏せる。敵の防御陣をすり抜け、撫で斬り、跳び越え、蹴り砕く。
チラリと背後に目をやり、見張塔からの死角に踏み込んだことを確認。勢いを緩ませないままに駆け抜け、対峙するべき最初のサソリを捕捉した。
標的の側方から近接したカーレルは、己が獲物を納刀して敵に肉薄し、
「――
抜刀一閃。
低姿勢で敵の足元を駆け抜けたカーレルの背後。
「ひとつ」
さらに速度を上げて戦場を渡り、次の異形を捕捉。次敵は素早く方向を転換し、カーレルへ円錐のハサミを突き込む。
自身に迫る凶撃表面へと、己が獲物を刺突で滑らせる。上半身を固定し、敵の攻撃の勢いを利用して自身の体を直下へと沈み込ませ、
「――
死角からの流麗な四連撃。両のハサミを根本で断ち斬り、頭をかち割り、尾を斬断する。
「ふたつ」
塵と崩れ去る異形に見向きもせず、ひとときも足を止めずにただただ前へ。
三頭豹の、浮遊海月の、翼獣像の、六腕猿の、触手塊の――横を抜け様に閃く鋭刃。その
次なる標的から放たれた岩の散弾を正面に見据え、
「――
元素光が刃となって乱れ飛び、迫る脅威を尽く迎撃する。レイチェルの射撃の方が凶悪だ、と判断した刹那に前宙した斬光が終点。節足を斬り飛ばされ、正中を断たれた異形がその場で四散する。
「みっつ」
割れた大地を滑るように駆け抜けて、高い瓦礫を飛び越えて。
宙空の隙に合わせた敵の重撃。奇怪な咆哮を上げ、
自身より大きな質量にあえて剣を添わせ、落下の軌道を修正。円錐の表面に足をかけて真下へ跳躍、着地。息をつかせぬ異形の五連撃を立て続けに捌き切り払い受け流し回避し掻い潜る。
致命の一撃は、蒼い影を捉えられない。下段からの一閃が、まごつくフォボスを無慈悲に屠った。
「よっつ」
道中にたむろする敵をも鎧袖一触で斬り伏せ、蒼の迅雷が戦場を鮮やかに染め上げる。
勢いそのままに、次なる標的へと正面から肉薄。ふと、敵の背後に何かがチラついた。
薙ぎ払われる円錐のハサミを側宙で回避し、お返しとばかりに二閃。前足を失い、体勢を崩したフォボスを足場に跳躍し、
「――
敵の尾を根元から刈り取る、幻影の斬光。多角度から瞬いた五連撃が、眼前の障害を寸断した。
尾を失ったサソリの直上から飛来する――
「――
ランディの放った刺突が、フォボスの頭部を砕く。
異形の活動停止を確認したところで、ランディとカーレルは視線を合わせ、
「四体目」
「五体目」
「――くそっ、負けた」
「十二分の戦果だ。よくやった」
悔し気に舌打ちをかます少年へと、しかしカーレルは口角を上げて見せる。前回レイチェルとふたりがかりで苦戦していたことを考えると、格段の成長だろう。
不貞腐れるランディの頭を小突き、直後に突風が吹き荒ぶ。目を眇めて奔流が止むのを待つと、砂塵が払われ、視界がクリアになっていた。
「……隊長か?」
「みたいだな」
今の突風は、威力こそ控えめだったものの広範囲を一気にさらう術式だった。レイチェルではまだその域に達していないだろう。
視界が晴れた戦場を見回したカーレルは、隣のランディへと声をかける。
「生存者を救援するぞ。ついて来れるか?」
「誰に言ってるんだよ?」
軽口の後で互いに頷き合い、揃って穴の淵へと足を向ける。突き出た崩落壁を足場に飛び降りて、戦場の中央に着地した。
高さにして大凡二〇メルナを超える沈下。アルギュロスの用意した塹壕よりも深さがある。
大地が割れ、岩盤が突き立ち、亀裂からは不吉な闇が覗く。風と噴煙に紛れて微かに漂うのは、血臭。そこかしこから聞こえる悲鳴や呻き声は人のもので、悍ましき咆哮は異形のもの。
推定直径五〇〇メルナ以上の崩落現場は、極めて劣悪な状況だった。
「……戦闘中にサソリ共が地面を掘っていたのか?」
「ありえなくはないが、フォボスがそこまで組織だった行動を取れるかは疑問だな」
本来フォボスは、群れて行動しない。複数体が同じ方向に進んでいることはあれど、組織立った連携など取らないはずである。故に、この街への襲撃そのものが方々から疑問視されているのだ。
可能性があるとすれば、統率個体が出現したか――人為的な誘導が行われたかだろう。しかしそのどちらもが、仮説の域を出ない。
「……考察は後にしよう。瓦礫の影にフォボスが潜んでいる可能性がある。気をつけろ」
「わかってるさ」
ふたりで並び立ち、慎重に瓦礫を踏み越えて行く。
「新しい機能には慣れたか?」
周囲警戒したまま、カーレルは隣の少年へと問いかけた。
ランディは自分の槍を少し持ち上げて、
「……どうだろうな。まだ普通の槍として使うことの方が多い」
前回任務の帰還後、リヴァイアにはカーレルの意見を取り入れた改造が施されていた。外見こそそれまでと変化はないものの、特殊なギミックが新たに備えつけられたのだ。
「でも、お陰で戦術の幅は広がったし、有用なのも分かってる。実際さっきの戦闘でも役立ってくれた。後は……俺次第だろうな」
「ランディの努力は裏切らないだろうさ。きっとすぐ使いこなせるようになる」
「だといいな」
言葉を交わしながら散策することしばし、
「う、うわぁぁぁぁっ‼︎ やめろ……くるなぁっ‼︎」
カーレルたちは前方から男の悲鳴を聞きつけ、同時に疾走。
「……生存者だっ。敵に囲まれてるっ」
叫んだランディが加速した。
異形三体の敵の奥に見えるのは、腕を庇ったアルギュロスの隊員だ。焦りと恐怖がありありと浮かんだ形相を浮かべている。
雷光のステップを踏み、ランディが狼型フォボスの側方へと接近する。獲物を食い破らんとする狼型フォボスに蒼槍が突き立ち――回し蹴り。弾き飛ばされたフォボスが仲間を巻き込んで横転した。
その間に追いついていたカーレルが残りを始末し、ランディが二体にとどめを刺す。フォボスを塵芥へと還し、安全を確保したふたりは負傷者へと向き直った。
「おい、大丈夫か?」
「あ、あんたらは……?」
「後方待機だった遊撃部隊だ。崩落を見て救援に来た。自力で立てるか?」
「……あ、ああ。身体を強く打ったみたいだが、なんとか動ける」
カーレルの差し出した手を取って立ち上がった隊員の視線が、肩の紋章を捉えた。蒼い、絡み合った九頭の竜。
途端、相手の顔が引き攣り、
「……もしかしてあんたら、ヒュドラルギュロスか?」
「んだよ。助けてやったのに文句あるのかよ?」
その態度を咎めたランディが口調荒々しく食ってかかる。
だが、そこで相手は僅かに頭を振り、
「……いや、すまない。恩人にこの物言いは失礼だったな。救援感謝する」
と敬礼をして見せた。僅かに面食らうランディへと微笑み、
「俺はこのまま仲間たちを助けて回ろうと思う。今は敵と戦えないからな」
と足元に落ちていた、折れた剣を拾って苦笑する。
「分かった。オレたちは敵の残りを殲滅して回る。その方が安全だろう」
「……頼めるか?」
僅かに刮目した男の眼前に、カーレルが拳を突き出す。
「オレたちの戦闘能力は知ってるんだろう。だったら任せろ」
「……すまない、頼む」
苦笑して軽く拳を合わせた男は、踵を返して去って行った。
「交流できればこんな風に連携も取れるのにな。こっちが特異体質だからって避けられるのはおかしいだろう」
その背中を見送ったカーレルはしみじみと呟く。
「……やっぱりアンタは凄いよ」
声に振り向くと、後ろにいたランディと目が合った。
「どうした急に?」
「俺たちは過去の境遇から壁を作ることしかできなかった。部隊の仲間以外は皆敵。そう決めつけていた。多分それはレイチェルも、フェルト隊長も同じだと思う」
槍の中ほどを持って、自身の肩をポンポンと叩きながらランディが語る。
だがカーレルはその言葉に首を振り、
「そんなことはないさ。第一フェルトが助けてくれたからオレは今生きているんだ。敬うならあっちだろう」
あのときフェルトが来てくれたからこそ、自分は今ここに立っていることができる。彼女が手を差し伸べてくれなかったら、この結果にはたどり着けなかった。
ランディは苦笑し、カーレルがいつもやるように手をひらひらと振り、
「……分かったよ、そういうことにしておく。ともかく俺らは雑魚の掃討だな。ならまた別れた方が効率的か」
「……意外だな。あいつらを現金な奴だって詰らないのか」
「あのなぁ、いろんな奴がいることくらい俺だって理解しているさ。全員が理解してくれた訳じゃないことももちろんな」
でも、と言葉を区切り、
「どっちもが啀み合ってたらずっとこのままだからな。俺は大人なんだ。子供の癇癪くらい受け流すさ」
「なるほどな、子供の癇癪か」
「……前は俺が悪かった。今はその、アンタのこと……信頼しているからな」
バツが悪そうに目を逸らすランディ。
だがカーレルはそれに言及せず、その肩を叩くようにし、
「余裕があればアルギュロスの隊員も起こしてやってくれよ」
「ああ。出来る限りやってみる」
ふたりはパァン、と互いの手を打ち鳴らして再び別れるのだった。
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