3章 侵攻前の街にて
014 報告会にて
「――以上が、七日間の調査報告になります」
予定していた日程を終了し、アイグレーの街へと帰還した一行。
特にランディとレイチェルに至っては、カーレルにつけられた訓練の成果が目覚ましい。新技を取得した少女、そして触発された少年の技にも磨きがかかる。
互いが互いを刺激し、高みを目指す好循環。今も仲良く(?)訓練を行なっているはずだ。
フェルトも本当はそこに参加したかった。
(はん。化け物の調査報告なんぞ信頼できるか)
したかったのだ。
(
したかったのだが――
(まぁ、仕方ありませんよ。毒には毒をぶつける。敵同士で殺し合ってくれれば、こちらとしても万々歳ですからね)
(とは言ってもなぁ。総長のことだから、また俺たちが前に立たされるんじゃないか)
(あー、あり得る。ホントやってらんねぇよ)
周囲で囁かれる、隠す気すらない耳障りな会話が嫌でも聞こえる。突き刺さる無遠慮な視線と悪意に、フェルトはすでに嫌気がさしていた。
「あー。もういいぞフェルト・ハーティル隊長。報告ご苦労」
中でもひと際ぞんざいに言い放ったのは、アルギュロス隊総長のゲーリックだ。
脂の浮かぶ禿げた頭部に、弛んだ不健康な体形。はちきれんばかりに膨らんだ軍服には、幾つもの勲章が並ぶ。しかも勲章の幾らかは、他者の功績を簒奪したとの噂もあるのだ。
当然、その中には
そのゲーリックが容認してることで、方々からかかるフェルトへの圧力が増す。鉄皮の笑顔の下、理性で感情を殺している己を褒めたい気分だった。
その気になれば、この場の有象無象などすぐさま惨殺できるのに――
(っと、いけないいけない。平常心平常心……)
ふと、危ない思考に陥っていたことを自覚したフェルトはあえて小さく呟く。自身の心の精神安定剤、幼い少年の笑顔を頼る。栄養分を補充し、まだまだ戦える――と気合を入れ直した。
領主館の大会議室で行われる、アルギュロスの隊長を集めた報告会での出来事だ。全三〇〇部隊の隊長と総隊長、副長が参加しての会合。
題目は、間近に差し迫ったフォボスの大侵攻に関する情報の付き合わせ。その場に、分隊たるヒュドラルギュロスを率いるフェルトも参席している。
鎮静化させた思考で罵詈雑言を受け流していると、
「――そこまでだ」
決して怒鳴り声ではない、低く落ち着き払った声が室内に響き渡った。ざわついていた室内が一気に静まり、みなの視線が集約される。
ゲーリックの隣に着座する、一際大柄で筋肉質な男が組んでいた腕を解いた。存在そのものがプレッシャーを放っており、誰一人言葉を発せない。
アルギュロス隊副長、オズワルド・マーヴェル。権力が横行していた頃に、実力でその地位にのし上がった古強者だ。
皺と古傷の刻まれた強面が会場全体を鋭く睥睨し、
「これまでの情報から大侵攻の発生はほぼ確定。つまり今は街の存続の危機だ。内輪で揉めていると三年前のような失態を犯すぞ。お前たちはそれでいいのか」
ゲーリックも不快気に鼻を鳴らすのみで、反論の声はどこからも挙がらない。
前回の侵攻の折、アルギュロスの防衛は半ば失敗に終わり、街に甚大な被害が出ていた。
以降アルギュロス隊はそれまでの年功序列制度を撤廃し、実力主義へと方針改革。組織全体としての錬度が向上したのは、一重にオズワルドの努力が実を結んだが故だ。決して、ゲーリックの功績などではない。
オズワルドは起立したままのフェルトへと視線を向け、
「フェルト隊長、他に共有する情報は」
「いえ、特にはありません」
「そうか。では席についていいぞ」
軽く会釈し、フェルトが着座する。
そんなオズワルドへと、横合いからゲーリックが噛み付いた。
「ふん、貴様が仕切るな。アルギュロスの総長は俺だぞ」
「であれば部下の手綱をもっとしっかり握って欲しいものですな」
しかしゲーリックはオズワルドの嫌味を舌打ち混じりに聞き流すのみで、
「今回の会議はここまでとするっ」
「各員、我々の働き如何に人々の命がかかっている。迎撃の準備を徹底するように」
副長の一声に、会場の全員が起立する。その場で軍靴を鳴らせて一斉に敬礼、後には退出する喧騒が続いた。
メモを書き入れた配布資料を整えるフェルトに、方々から不躾な視線が送られる。中には、任務出発時に門前で口論になったジャスパーのものも含まれていた。
退出の準備を済ませ、立ち上がったフェルトへと、
「フェルト隊長、少しいいか」
「オズワルド副長」
資料を挟んだバインダーを机上へと置き直したフェルトは、件の人物へと向き直る。こちらより頭一つ半ほど背の高い偉丈夫は、微かに眉を寄せて、
「先程は部隊の者たちがすまなかった。君たちに厄介な任務を押しつけて、自分たちは安穏としているというのに」
「いえ、我々の特異性は自分たちで熟知していますので。副長こそ、先程は取り成して下さりありがとうございます」
上官からの謝罪に、フェルトも礼を口にする。
オズワルドは、街の中でも数少ないヒュドラルギュロスに対する理解者だ。事実、アルギュロスから指令が下される際の窓口は彼になっている。以前幾つか個人的な依頼をしたこともあり、フェルトにとって恩人と言える人物だった。
「アルギュロスの管理はこちらの管轄。当然のことをしたまでだ」
そこまで口にしたところで、オズワルドが微かに視線を逸らす。非常に言いにくそうに、「ところで」と話題を転換し、
「その……君の隊でカーレルはうまくやっているのか」
「はい。最初はギクシャクしていましたが、前回の任務で隊員を助けていただいて以降、親睦も深まってきています」
だがフェルトの言葉を聞いても、オズワルドの表情は晴れない。
「あいつは、私のことを恨んではいないだろうか」
急な応援要請が入ったとき、報告に来ていたカーレルに救援を命じたのはオズワルドだと聞いている。要するに、部下の負傷に少なからず責任を感じているということだろう。
「いえ、特にそのようなことは」
「あいつを危険に晒したのは私の判断ミスだ。恨まれて当然だと思うのだがな」
「その件に関しましても、カーレルさんは自分の未熟さが原因だと常々仰っています」
「……そうか。相変わらずみたいだな」
恐らくはその様がありありと想像できたのだろうオズワルドはため息を吐き、
「……確定情報ではないが伝えておく。カーレルが対峙した相手らしき異形が目撃された」
「っ⁉ それは、あの……」
「ああ、あいつの報告にあった新種……駆竜型のフォボスだ」
告げられた言葉に、フェルトが柳眉を寄せた。
カーレルが瀕死の重傷を負わされた因縁の相手、敵の特記戦力だ。その相手が再びこの地に攻めてくるかもしれないと、オズワルドは語る。
「会議では伝えられませんでしたが」
「総長側がその討伐に躍起になっているらしくてな。私たちや君たちには伏せたかったらしい。こちらも同じ情報を掴めたから良かったものの、あの秘密主義には辟易する」
手柄欲しさによる情報隠匿だ、と告げるオズワルドの言葉に呆れを浮かべ、
「……了解しました。私からカーレルさんに伝えておきます」
「ああ。くれぐれも、あいつのことを頼む」
再度敬礼したフェルトは、今度こそバインダーを掴み直し、部屋を後にするのだった。
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