番外編16話 ブルーな気分を吹き飛ばそう

 あたしは今、VRMMO『グリモワール・クリーグ』の世界にいる。

 タケルは過保護が過ぎるのでこのゲームすら、やっちゃいけないって言われてるんだけどね。

 だから、こっそりとやっていたりする。


「本当に大丈夫なの? タケルくん、心配するんじゃない?」

「大丈夫だって。タケルは明日まで帰ってこないからね」

「アリスの言い方って、浮気する男の人みたいよ」

「ええ!? そういうもんなの? あたしは事実を述べただけなんだけど」

「分かってるよ? アリスもタケルくんも浮気とは無縁だってね。でも、私って、本でそういうのも読んでいるのよね。それで浮気しようとする男が言うの。『妻は明日いないから、どうだい?』みたいなことをね」

「ふぅ~ん、そうなんだ。目の前で浮気する人いたら、頭のネジ飛んじゃってるよね」

「目の前で浮気はもう病気の人でしょう? 私は去勢を勧めるわ」

「スミカって、意外と過激だもんね」

「アリスほどでは?」

「そ、そう? そんなことないんじゃない?」

「過激じゃない子が高校生で結婚して、海外に移住する?」


 親友のスミカと特に目的もなく、お喋りをしたいが為にログインしているのだ。

 ギルドのサロンでお喋りしているだけで冒険には行かないし、そもそもVRなんだから、動いてないじゃない?

 これくらいは自由にしてもいいと思うんだけど、妙に後ろめたい気持ちにもなるのはなぜかしらね。


「それでスミカ、あなたたちの進展はありそうなの?」

「あると思います? 結婚するのは大学卒業してからだから、当分の間は進展ないと思うの。別に急いで進展させなくてもアリスを見ているだけでお腹いっぱいですし?」

「そっかぁ。でも、カオルとスミカは安心して、見ていられる関係だもん。結婚五十年目って言っても否定されないよ?」

「それは言い過ぎじゃない? 熟年夫婦みたいとはよく言われているけどね」

「落ち着きすぎてるからじゃない? それでも二人がお互いを大切にしてるって、分かるから、いいと思うけど」

「アリスから見て、そう見えるのだったら、嬉しいわ。私はアリスみたいにもっと求めた方がいいのかなって思っていたくらいだもの」

「自分らしくでいいと思うのよ。あたしはスミカがスミカだから、好きなんであって、無理にあたしの真似をするスミカはどうなのって話じゃない」

「そうよね。私は私らしく、ね。アリスはいつも、アリスらしくって、本当羨ましいわ」

「そういうスミカもね」


 どうでもいい話をして、笑って。

 これだけでもストレスが発散が出来るっていうか、気が晴れるっていうか。

 多分、あたしは微妙にマタニティブルーなんだと思う。

 タケルにはこれ以上ないってくらい大事にされて、何の不満もないのに妙に心がザワザワするんだもん。

 それでスミカとVRMMOで長話してたって訳なんだけど。

 かれこれ、一時間以上スミカとのお喋りに花を咲かせ、満足した気分でログアウトした。


 🌺 🌺 🌺


「えっと……お、おかえりなさい?」


 VR機器を外すとそこにはいないはずの愛しい旦那様がいて。

 別に怒っているようには見えない。

 肩がワナワナと震えているけどそれは怒っているからじゃないのはすぐに分かる。

 あたしを見つめる瞳に怒りの色はなくて、そこにあるのは愛しさと優しさにちょっぴりと浮かぶ不安の色だけ。


「アリス! ごめんね、気付かなくって……僕のせいで」


 気付いた時には彼の腕の中で強く抱き締められていた。

 まるであたしがどこかに消えてしまうのを恐れているかのように強く抱き締めてくる彼の背中にそっと手を回して、幼子をあやすようにゆっくりと撫でる。


「ごめんね、タケル。あたしが約束破っちゃって……心配かけて、ごめんね」

「知らなかったんだ。アリスがマタニティブルーで気分が落ち込んでるなんて……僕があれしちゃいけない、これしちゃいけないなんて、言ったからだ」

「違うよ? タケルのせいじゃないからね。これは単なる体の不調なんだって。だから、そんなに自分を責めないで」


 どうやら、スミカ経由でカオルから、タケルへとマタニティブルーの話が伝わっていたようだ。

 その後、自分のせいだって落ち込むタケルに元気を出してもらおうとあたしから、キスをした。

 いつもはタケルにキスしてもらってばかりで自分から、求めるようにしたことなかった。

 あたしの気持ちが少しでも伝わればと思って、キスしたのにいつしか、求めあうように舌を絡め合って、お互いの口内を貪ろうとする激しいものになってしまうとは考えてなかったけど。

 激しくキスを交わしたのにそのまま、愛を交わし合うとまではいかなかったのはタケルの理性がなせる業なんだろう。

 普通だったら、絶対されちゃうと思うくらいの盛り上がりだったんだから。


 結局、ちょっと奮発した豪勢な夕食をタケルと『あ~ん』し合うことで燃え上がった想いを抑え込んだ。

 あたしを褒めてあげたい。

 タケルはもっと褒めてあげたいけどそれをやると折角、収まったのに刺激しちゃうことになるから、我慢しておこうと思う。

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