番外編5話 ドラゴンの堪忍袋は意外と丈夫

 さすがにちょっと無理しすぎたかも……。

 二人を助けるのにとても間に合わないから、三倍のスキルを使うのは無茶だったかな。


 魔力は体の中で作られるもの。

 個人差が大きく作用するらしいんだけど、幸いなことにあたしの魔力は高い方だ。

 とはいえ、スキルは魔法と違う。

 魔力だけを消費する魔法と違って、スキルを発動するのに魔力と同時に生命力を使う場合があるのだ。

 そして、魔法に関して、専門職に遠く及ばないプリンセスだけど、パーティーメンバーを大幅に強化する支援スキルに特化している。


 規定の使用の三倍の威力で使うには三倍の負荷をかけて、魔力と生命力を燃やさなくちゃいけない。

 その結果、一気に駆け抜けた代償として、内臓までやられちゃったらしい。

 口の中に広がる鉄分の味は気持ち悪い……。

 でも、無理した甲斐があったと思う。


「てやっ!」


 エステルをかばって、背中を無防備に晒すヴォルフ。

 間一髪だった。

 今まさに襲い掛かろうとしていたスケルトン兵のロングソードを腕ごと、レイピアで斬り落とすのに間に合ったからだ。


「ふぅ、間に合った」

「「リナ!」」


 声を合わせて、あたしを見つめる二人の顔が険しい。

 恐らくあたしの顔色が良くないか、思った以上に口から、血が出ちゃってるか。


「大丈夫、大丈夫だから……さくっと片付けて、ランスとフランを援護するわ」

「そうだね。さくっと片付けよう」

「私も準備終わったから、近接戦闘いけるよ」


 小柄な体には大きすぎるのではないかってくらい大型の弓をいつもは手で構えているエステルが弓を背中に背負った。

 代わりに腰から抜いたショートソードを構えた姿も言葉もとても力強い。


「それじゃ、援護をお願いしてもいい? あたしが突破口を開くわ。我いざなうは白き道なり。我とともに歩まんとする汝らに祝福を」


 支援スキルを掛け直して、ヴォルフとエステルに効果がかかるように調整し直す。

 今度は通常の規定量で掛けたのに無理がたたったのか、熱いものがこみ上げてくるけど、グッと我慢する。

 前列とあたしたちは二十メートル以上離れているから、ランスとフランに支援効果が及ばなくなるんだよね。

 さっさと片付けないといけないと焦っているのはそういう理由なのだ。

 ヴォルフも攻撃力を高める支援の魔法を掛け直してくれたから、いけるはず!


 勢いよく大地を蹴って、右へ左へと駆け回り、無防備に胴体を晒しているスケルトン兵の身体を横薙ぎにしていく。

 完全に止めを刺せていない場合もあるけど、討ち漏らしてもエステルが二刀流で容赦なく殲滅してくれるから、心配する必要ないようだ。

 もし、エステルが討ち漏らしてもヴォルフが粉砕するだろうしね。

 二人を助けようとかなり、無理をして駆けた行きに比べると帰りは怖いどころか、楽々だったのは意外だ。


「ランス、フラン! 大丈夫?」


 あたしが声を掛けると二人ともギョッとした顔で動きを止めて、あたしの顔を見つめている。


「な、なぁに? あたし、どこかおかしいところでも?」

「リナこそ、大丈夫かっていうくらいボロボロだよ」


 残っていた最後のスケルトン兵を左手で構えていた大盾で軽く、吹き飛ばして黙らせたランスがあたしのところに駆け寄ってきたかと思うと抱き締められていた。


「え? ち、ちょっと何、どうしたの? 皆いるし、それにドラゴンだって」

「いいから……無理しないようにって、約束したよね?」

「む、無理なんてしてないわ。全然、平気だもん」


 心配かけたくないから、無理に笑おうとしたもんだから、ぎこちない笑顔になってるのが自分でも分かる。

 何より、外野三人から送られる視線が温かすぎて、抱き締められたままっていう今の状況が余計に恥ずかしい。


「本当は僕にこうされていても痛いんじゃない?」

「ばれてた?」

「うん、ばれないと思った?」


 くうっ。

 実は痛かった。

 めっちゃ痛いんだって!

 ここまでスキルを無理に使った反動で体が悲鳴を上げていたのだ。

 タケルには無理しているのがバレバレだったみたい。


 抱き締められて嬉しいのに痛い! 無理! って、いうこの矛盾!

 どうすれば、いいの?


「あっ……そうよ。皆、怪我してるんだから、最初からこうすれば、よかったんじゃない」


 魔力を温存していたことを思い出した。

 あたしはプリンセス。

 中途半端ではあるけど攻撃魔法と支援魔法に加えて、回復魔法まで使えるってことを忘れてた。

 神聖治癒ディバインヒールを個人発動ではなく、半径五メートル以内のメンバーにかかるように調節して、発動させる。

 暖かな春の光に似た光で場が包まれて、あたしたちの傷を癒していく。


「ふぅ……少し、楽になった。ありがとう、ランス」


 ランスはあたしよりもちょっと背が高くなって、とてもしやすくなった。

 何がって?

 キスが!

 だから、感謝の気持ちを込めて、頬を摺り寄せるように顔を近付けて、彼の唇に触れる程度、自分の唇をあてるだけの軽いキスをする。

 以前のあたしだったら、意地を張ってるところだけど。

 もう、そんなことはしないっていうか、出来ないもん。


 それに今のキス……ちょっぴり、回復の魔力が乗っていなかった?

 気のせいかな。


「さっき、皆いるって言ってたのに?」

「さっきはさっき。今は今よ。よーく考えたら、ギルドの皆って家族みたいなもんだから、いいのよ」

「何がいいですって? 私、そういう破廉恥な行為はいけないと思いますの。反対ですわ」


 一人、うるさいのがいるのを忘れてた。

 残り二人はニヤニヤと妙な笑みを浮かべているから、この状況を楽しんでるわね、あれ。

 そう言えば、フランは高校生の時から、そういう子だったしね。

 男女関係は結婚するまで駄目絶対! な今時珍しいくらいに純粋なお嬢様だから。

 でも、あたしとランスはもう結婚してるって、忘れてない?

 愛し合っている二人が愛を確かめ合ったって、いいじゃない。

 ちょっとキスしただけだもん。

 それくらいは許して欲しいな。

 状況としては今、最悪なんだけどねっ!


「さあ、勇者よ! 戦いを楽しもうぞ」


 ドラゴン、喋れたんだね。

 イベントのだから、特別?

 それともドラゴンでも上位種はそういう知的な感じなのかしら?

 ともかく! ここまでスケルトン兵を差し向けるだけで静観してくれていたお優しいドラゴンさんの堪忍袋が切れちゃったようです。

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