閑話 アリスちゃんはグレムリン

Side 文芸部


「ねぇ、エステルちゃん。君、アリスちゃんに詳しい説明した?」

「マスター、私はちゃんと説明しましたよぉ」


 私、スミカは今、現実世界ではなくVRMMOの世界で説教されてます。

 なんで?

 私、ちゃんと説明したよ。

 あっ、エステルっていうのは私のキャラの名前ね。

 マスターというのは文芸部部長の美彩さん。

 このゲームでもギルドマスターなのでマスターと呼んじゃってます。

 キャラとしてはマリーナですけどね。


「んー、アリスちゃんはゲームとか、あまりやらない子だよね? 違った?」

「あ゛……そうでした」

「まずいね。ゲームやらない子がサポートなしでセッティングして、スタートするのは大変かもしれないよ」


 これはさすがにやってしまったかなぁ。

 私は部長の影響もあって、ゲームも普通に遊んでいるから、気にしてないんだけどアリスちゃんにはその基礎がないのを忘れてた。

 これ、あかんやつや。


「どうしましょう。アリスちゃん、もしかして迷子になっているかも」

「迷子ね。うん。色々な迷子になってそうね。でも、この町のことは教えたのよね。それなら、平気だと思うのだけど」


 アリスちゃんを心配して愁いを帯びた部長の表情はそれはそれはきれいで絵になるんだけどねぇ。

 中身は残念なんだけど。


「接続とか、設定とか、時間かかっているのは間違いないわね。三時間はさすがにかかりすぎだけどね」

「ですよね。三時間はさすがにないです」

「アリスちゃんって、機械音痴だった?」

「ん……あっー、忘れてました。アリスちゃんはグレムリン」


 完全にやってしまったわ。

 アリスちゃんはグレムリン。

 機械との相性が悪すぎて、触っただけで壊しちゃうレベルなのよ。

 どうしてこんな大事なこと忘れていたのかな。

 私のバカバカ。


「それは本当にまずいわね。待っていて、どうにかなるのならいいんだけど。うーん、私のサーチ使ってもアリスちゃんのキャラが分からないから、探しようがないのよ」

「詰みましたね……」

「そうね、詰んでいるわね。ランスくんとヴォルフくんも来ないし、一体、どうなってるのやら」


 アリスちゃん行方不明。

 リアルじゃなくって、ゲームだからよかったよぉ。

 って、安心してる場合じゃないよね。



Side 幼馴染


 テストが終わって、珍しくアリスと二人きりで下校した。

 それで二人きりでお昼を食べた後、彼女はいつも僕を捕まえて、お喋りするはずだ。

 それが今日に限ってはなぜか、部屋に速攻で戻った。

 おかしい。

 今日のアリスは変だなって思いはしたんだよ?

 それ以上にテストが終わって、ゲームが出来る喜びが強すぎたんだ。

 僕も速攻で部屋に戻り、グリモワール・クリーグを起動した。


「ランス、遅かったね」


 ログインすると相棒であるヴォルフがやや不機嫌な顔で待っていた。

 ヴォルフはいとこのカオルのキャラだ。

 このゲームを一緒に遊ぼうと言い出した張本人で遊ぶ時はいつも、組んでいる。


「あぁ、アリスがね。今日は自分の部屋にすぐ戻ったんだよね。珍しくない?」

「確かに珍しいね。って、そんなこと言っている場合じゃないよ。人と待ち合わせてると言わなかった?」


 そういえば、そうだった。

 それでちょっと不機嫌だったのか。


「ごめん。ちょっと忘れていたよ」

「ランスにしては珍しいね。じゃあ、注意事項も忘れた?」

「それは覚えているよ。なるべく、見た目が分からないようにする、だったかな」

「合っているよ。だからって、フルフェイスのヘルメットとは思わなかったよ」

「ははっ、騎士はフルフェイス。一万年前からそう決まっているんだよ」

「ランスはたまに変なこと言いだすよね」


 僕が選んだクラスは騎士ナイト

 迷うことなく選んだ。

 目の下にクマが出来るほど遊んでやっと、上級クラスの聖騎士パラディンに転職出来た。

 これで殴って戦うだけじゃなくて、ヒールで味方を助けることが出来るんだ。

 アリスがゲーム始めたら、これで守って……あぁ、そうだった。彼女はゲームやらないんだった。


「まぁ、いい。僕もフードを深く被って……よし、これでどう見ても魔法使いだね?」

「うん、そう思うよ」

「よし、ではグランツトロンの町に行くよ」


 ヴォルフと僕の身体が光に包まれていき、その眩さに一瞬、目を瞑ってしまう。

 目を開けるとそこに広がっているのは、さっきまでいた寂れた辺境の村とは違う人々の喧騒で賑わう立派な街並みだった。


「久しぶりに来た感じがするね」

「まぁ、久しぶりなのは間違いないよ。レベル上げとダンジョンで辺境の方に籠ってたでしょ」

「そうだね、徹夜でレベル上げとか、リアル生活ブレイクしちゃいけないよね」

「さて、懐かしんでいる場合じゃないでしょ。人と待ち合わせしてるのを忘れないように」

「あっ、そうだったね。どこに行けば、いいんだっけ?」

「中央の大聖堂前で待ち合わせだよ。エステルは知ってるんだよね?」

「うん、エステルさんは知ってるよ。アーチャーだったかな」

「正解。マスターとは初めて会うんだよね?」

「そうそう、ギルド入ってるのにマスターと会ったことないんだよね。今日が初めてなんだ」

「よしっ、じゃあ、行こう」


 僕とヴォルフは町の外れからでもよく分かる高い尖塔を目印に大聖堂へと歩き始めた。

 歩いてて分かるのはこの町がとても栄えてるってことかな。

 王国の首都だし、各ギルドや大きな商店の本部・本店も揃ってるんだから、人も集まるよね。

 当然、田舎から出てきてるっぽい街に慣れてない感じの人をちらほらと見かける。

 いわゆる『おのぼりさん』だよね。

 その時、気になる人影を見つけた。

 濃い青色のきれいなローブを着ていて、頭からは顔も見えないくらいにすっぽりとフードを被ってる。

 背は結構、高いけど華奢な感じがするから、女性なのかもしれない。

 フードのせいで表情が見えないのにおろおろしてるのは分かる。

 相当、困ってるんじゃないかな?


「あの人、迷子かな?」

「ん、どの人? ランスって、そういう困った人見つけるの早いよね」

「あの人、あのローブの……すいません。大丈夫ですか?」


 僕はもう居ても立っても居られなくって、つい声を掛けてしまった。

 自分が今、フルフェイスのヘルムにがちがちのプレートアーマーという見た目なのを忘れて。


「ひっ!? な、なに?」


 僕より、ちょっとだけ高いその人はやっぱり、女の人? 女の子? だったようだ。

 きれいな声というより、かわいらしい声でそれは僕のよく知ってる子を思い起こさせるものだった。

 いる訳ないんだから、僕の妄想も相当なもんだね。


「あっ、ごめんなさい。怖がらせちゃったかな……」

「ごめんね、連れが怖がらせたみたいで」


 ヴォルフがフォローしようと声を掛けてくれたけど君の姿もたいがいだからね。

 真っ黒なローブに頭からフードを被って、顔が見えないんだから、フルフェイスとどっちが怖いか、分からないレベルだよ。


「ふぁ!? 変なの増えたし」


 案の定、余計、怖がっちゃったかな。


「困ってるように見えたから、何か出来ることはないかなって」

「……ふぅーん」


 何か、値踏みされるように観察されてるかな?

 この奇妙な出会いが僕と彼女の関係を変えることになろうとは思ってもいなかった。

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