閑話 タケル、ネトゲにはまる

「タケル。これを一緒にやろう」


 VR機器と結構、大きな化粧箱に入ったゲームソフトを手に僕を説得しようとしているのはいとこのカオルだ。


「でもね、カオル。来週からテストなのを忘れてないかい?」

「大丈夫。私は準備万端だから。気にしない」

「僕の準備は万端じゃないとは思わない?」

「そう? タケルだから平気」


 カオルは昔から、こういう子だった。

 何でもそつなくこなしてしまうから、他の人も自分と同じと思ってるんだよなぁ。

 そんなにスポーツも勉強も出来る奴、そういないって。

 カオルにそう言ったら、『君もね』と言われたんだが僕は普通だと思うんだ。


「買い被りすぎだって。僕なんて、そんなに大したものじゃないし」


 僕はサッカーが好きだ。

 だから、ただ我武者羅に一生懸命、やっているだけなんだ。

 それに周りの凄さを知っているだけに、どうしてもカオルが言う『君もね』という言葉が信じられない。


 僕たちはまだ学生でその中の小さな世界しか知らない。

 だけど……アリスは既に社会に出て仕事・・をしている。

 それなのに自分の凄さに気付いてないんだ。

 十位でもおバカと思っているんだよね。


 『やっぱり、アリスは世界の宝だよね?』と言ったら、『それは痘痕あばたえくぼってやつで……』と真顔で一時間くらいカオルの説教を貰ったっけ。


「だから、大丈夫。これを一緒にやろう。問題ない」

「問題あると思うんだよ? 分かった……分かったよ。一緒に遊べばいいんだね。それで何かな、そのゲーム」

「VRMMORPG『グリモワール・クリーク』だよ」

「長いね……最先端ぽい?」

「最新も最新。アバターは自分の見た目そのまま。第二の人生始まるよ? すごい?」

「すごい……と思うよ。で、誰に勧められたの?」

「部長」


 あぁ、あの部長さんか。

 カオルはスポーツ万能なのに入っているのは文芸部なんだ。

 才能の無駄遣いというか、勿体ないけどさ。

 本人が文芸部を希望してるんだ。

 部長さんやアリスと仲が良い田村さんと一緒にいる時は楽しそうにしてるしね。


「やっぱりね。そうだと思ったよ」

「だから、タケルもやる。これは運命」

「大袈裟だなぁ。分かったよ、でも、それ……タダで貰う訳には。高いでしょ、VRって」

「気にしない。私は気にしない」


 カオルはこう言いだしたら、聞かない頑固なところがある。

 おまけにお嬢様だから、ちょっと金銭感覚がずれてる。

 金銭だけじゃなくて、他の感覚もなんだけどね。


「分かった、分かったよ。すぐに始めればいいんだね」

「そう、すぐにやろう? まずは始めて。教えるから」


 こうして、僕はいとこに勧められ、テスト前だっていうのにMMORPGを始めることになった。

 これのせいで今回のテストの成績が落ちたら、カオルのせいだな。

 いや、でも、VR機器とゲーム貰っちゃったしなぁ。

 自己責任ってことで諦めるか。


「えっと、何々? 『グリモワール・クリーク』っていうのか。聞いたことないゲームだな」


 僕は一応、ゲームをそこそこ遊ぶ方だ。

 サッカーをやっているから、遊ぶのもサッカーゲームばかりだけどね。

 でも、RPGも多少は遊んだことがある。

 あるんだけど……これは聞いたことがないなぁ。

 カオルが教えてくれた事前情報では原作は乙女ゲームだったらしい。

 それって、女の子向けじゃないかな?


「剣と魔法の世界アースガルドであなたの好きな生き方を……あぁ、よくある宣伝文句か?」


 とりあえず、起動するとVR機器に全身をスキャンされる。

 アバターを作る為の準備ってやつだね。

 僕は見た目も平凡だから、目立たないだろう。

 例えゲーム内で知り合いに会ったとしても気にすることないし。

 カオルは『バレないように合流してから、いいアイテム渡す』って。息巻いてた。


「よし……ちょっとだけ、遊ぶくらいなら大丈夫だろ」


 その考えが甘いと思い知らされるのは翌朝、寝過ごしてアリスに叩き起こされたからだ。

 やっぱり、駄目だったよ。

 深夜遅くまでネトゲは駄目! 絶対!

 癖になったら、やばいやつじゃないか、これ。

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