溺れる思考の加速
志央生
溺れる思考の加速
走り出すと思考が加速するような気分になった。それが一時的な高揚感が生み出したものだと知っていながら、私はその感覚を体験したくて走ることをやめられなかった。
「夜の中を駆けるのが何よりも気持ちいいんですよ。暗くて、先がよく見えない中を進むのはスリルもあるし、加速感をより実感できる」
あるとき私は酒の席でそう豪語した。その場にいた誰も共感してくれる人はいなかったけれど、否定する人もいなかった。それは一つの肯定として私は受け取った。理解はできないが、考え方の一つであると肯定されたのだと思ったのだ。
それからも私は夜の街を駆けた。夜が更けると電飾看板が灯りを落とし、人気の少なくなる。そうすれば自然と車の通りも減少する。私の加速を邪魔する障害は減り、好きに走ることができた。 徐々にスピードが乗り、横目に過ぎ去る町並みは残像すら残らなくなる。次第に視界は目の前の風景だけを映し出す。そうなったとき、私は思考の加速を体感する。一つの物だけを集中し捉え続ける。頭を埋め尽くすのは、もっと早くという思いだけ。
どんどんと上がっていくスピードに体が追いつかなくなっていく。思考だけが追いつこうと必死に加速する。狭くなる視界は進む先だけを捉え続ける。私はその感覚に身を委ね、思うがままに駆け抜け続けた。
そんな加速した思考が減速したのは、体を揺さぶるような衝撃と轟音を体験したときだった。何が起きたのか理解できないまま、私は広がり始めた視界で後方を確認する。
道端に倒れる力なき人影。近くには乗っていたバイクが転がっていた。私は減速した思考を加速をさせ、走り去ろうとスピードを上げる。
エンジンが掛かれば二度目の加速は速かった。すぐに視界は狭まり、目の前だけを映す。少しでも早く立ち去りたくて、一気にスピードを上げる。けれど体も思考も加速についていけなかった。
暗闇の中から現れたガードレールが私と衝突し、体を激しく打ち付けた。痛みがそこら中を駆け巡り、声にも出すこともできない。
ただ加速した思考の中で私は遠くから聞こえるサイレンの音を耳にした。
溺れる思考の加速 志央生 @n-shion
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