第12話 数十倍の数値 ◇オフライン◇


 球技大会は種目ごとにクラス対抗のトーナメント形式で行われる。



 俺が出場するサッカーだが……、

 うちのクラス、二年二組は、初戦一組との対戦になる。



 グラウンドで開会式を終えると、すぐに試合会場へと出た。

 既にラインが引かれていて、準備万端といった具合。

 いつでも始められる状態だ。



 そこで早速、用意されていたボールで準備運動とばかりにリフティングを始めた生徒がいる。

 うちのクラスの須田京也すだ きょうやだ。



 彼は陽キャグループの中でも中心的な存在で、誰にでも積極的に話しかけるし、女子とも仲が良い。

 運動神経も抜群で、サッカー部でもエースストライカーを務めているらしい。

 それに加え、勉強の方も優秀ときている。



 天は二物を与えずと言うが、彼は二物も三物も与えられてしまったような人間だった。



 ただ、そんな完璧な彼にも一つだけ難点がある。



 性格が悪いのだ。



 とはいえ、普段から性格の悪さを表に出していては、人は離れていくばかりでクラスの中心にはなれない。

 だから彼は見えない所で、周到に人を選んで対応を変えているのだ。



 他の皆には彼の性格の悪さはバレていないようだが、俺は知っている。

 俺のような目立たない奴に対しては、ぞんざいな対応をしてくるからだ。



 どうせ何も言えやしないと思っているからこそ、そうしてくるのだろう。



 今も女子達がキャーキャー言いながら、彼の華麗なリフティング捌きを見守っている。

 準備運動を装い、彼女達に自分の腕前を見せつけて愉悦に浸っているのだ。



「おお! 京也、すっげーじゃん。さすがエースストライカー」

「馬鹿、止めろよ。こんなのサッカー部なら、全員できるさ」

「マジかよ! サッカー部、パネぇな」



 クラスの男子生徒とそんな会話をしているのが聞こえてくる。



 わざとやってる癖に何言ってんだか……。



 やれやれとばかりに溜息を吐いたのが聞こえたのか、京也が俺の方を一瞥してきた。

 それは蔑むような視線だった。



 はいはい、俺は後ろの方で大人しくしてるよ。



 そんな言葉を表情で返していると、審判役の生徒が声を上げた。



「おーい、そろそろ第一試合を始めるぞー」



 その合図でチームメイトがぞろぞろと動き出す。

 俺もゴール付近に向かって移動を始めた。



 俺のポジションはディフェンダーだ。

 ゴール前で、ボールが入らないように守る役割。



 本当はもっと細やかなプレイが求められるのだろうけど、そんなにサッカーに詳しい訳ではないので、それくらいの事しか分からない。



 ともかく、チームに迷惑だけは掛けないようにしよう。



 そう思いながら、後方からフィールド全体を見渡す。

 皆、ポジションに付いていて、試合開始のホイッスルを待つのみの状態だ。



 そんな最中、フェンス際の木陰に人の気配を感じた。

 目を向けると、そこには見知った顔が。



 名雪さんだ。

 木の陰から半身を覗かせて俺のことを見ている。



 あんな所で何してんだ……?



 俺が訝しげな視線を送ると、彼女は拳を小さく握り、唇を引き結んで応えた。

 どうやら、「頑張れ」と言ってくれているらしい。



 それは、ありがたいけど……、

 そこにいて、名雪さんは自分が出場する試合は大丈夫なのか?



 彼女の心配をしていると、不意に試合開始のホイッスルが鳴り響いた。



 おっと、いけない。

 こっちに集中しないと。



 とはいえ、こっちにはサッカー部のエースがいるんだ。

 そう簡単には攻められないだろう。



 そんなふうに高を括っていた矢先だった。

 相手側のチームがキックオフ早々、速攻をかけてきたのだ。



 あれよあれよと言う間に、パスとドリブルでゴール前まで切り込まれる。

 ボールを持った相手は、もう俺の目の前だった。



 やばっ……なんとかしないと!



 こんな時の為にスキルを……と思っていたが、実際は使う間も無い。

 だが、ボールは止めないと!



 そう思ったら、足が出ていた。



「なにっ!?」



 ボールを持っていた相手が驚きの表情を浮かべる。

 ただ足を伸ばしただけなのに、ボールを奪っていたのだ。



 あれ? 今の俺、何やった?

 まるで自分じゃないくらい体が軽かったぞ……。



「くそっ!」



 相手が取り返しに来るが、俺は小気味良い足捌きでボールを操り、回避する。

 まるで俺の動きに相手が翻弄されているようだ。



 これには京也を含め、チームメイトの皆も急に動きの良くなった俺に驚いているようだった。



 スキルも使ってないのに、なんでこんな事が??



 ドリブルしながら考えられるだけの素材を頭の中に並べてみる。

 思い付くのは基本ステータスの数値だ。



 レベル1の時のステータスが俺の標準数値だとしたら、レベル6の今では数十倍の数値になっている。



 敏捷と器用の数値だけ取り出してみてもレベル1の時は確か、

 敏捷が3で、器用が5だった。



 それがレベル6の今では、

 敏捷124、器用159になっている。



 現実にその数値が反映されるなら、それだけ見てもとんでもない事だ。



 敏捷性がこれまでの約41倍。

 器用さは約31倍に跳ね上がっている訳だから、サッカーのボールくらい奪えても当然のような気がする。



 しかも体が思うがままに動くので、非常にやり易い。



 これなら、もしかして……。



 行けそうな気がした俺は、一旦ボールを真上に蹴り上げる。

 そして自由落下に従い、落ちてくるそれを真横から蹴った。



 力のベクトルが変わったボールは、物凄い勢いで眼前にいた敵の顔横を掠めて行く。



「っ!?」



 引き攣った表情を見せる相手チーム。

 その合間を抜けたボールは更に加速し、敵陣のゴール目掛けて一直線に飛ぶ。



 そして、そのまま――ゴールネットに突き刺さった。



 それは自陣最後方から叩き込む、超ロングのボレーシュートだった!



 これには敵チームだけでなく、味方チームも口をあんぐりと開け、唖然としていた。

 観戦していた女子達も声が出ずに固まっている。



 ようやく現実を理解した審判がホイッスルを鳴らしたのは、少し遅れての事だった。


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