【書籍化】リアルとネトゲが同期《シンクロ》!? オンもオフも最強になった件【Web版】

藤谷ある

[1]

第1話 同期させますか? ◇オフライン◇


「悪ぃけど、金貸してくれるぅ?」



 俺は三人の男子生徒に囲まれて金の工面を頼まれていた。

 と言えば少しはマシに聞こえるかもしれないが、あからさまなカツアゲだ。



 下校途中、柄の悪い連中に人通りの少ない路地裏に連れ込まれた。

 柄の悪い――と言っても、どこかの不良漫画のように分かり易い格好をしている訳じゃない。

 せいぜい、耳にピアスを空けている程度だ。



 目立つ格好をすれば、それだけ足が付き易いし、悪さは出来ない。

 本物の不良は普通の顔をしてやって来るのだ。



「あれ? もしもーし、聞こえてる? 耳が遠いようなら、体に聞いてみないといけなくなるよ?」



 リーダー格と思しき厳つい顔立ちの少年が、俺の顔を下から覗き込んでくる。



 彼らが着ている制服……どこか見覚えがある。

 恐らく隣町の高校だろう。



 しかし、今はそんな事、どうでもよかった。

 何より金を奪われる訳にはいかない。



 財布の中には今日発売のVRゲームを買う為の資金がキッカリ入っている。

 陰キャである俺が慣れないバイトまでして、ようやく貯めた金だ。



 それも全て、この日の為。

 ずっと楽しみにしてきたのだ。



 現実と見紛うリアルさで爆発的な人気を誇る新世代VRゲーム機、

 ダイヴギア『ABYSSアビス』。



 そのアビスをプラットフォームとする新作ソフト『ノインヴェルトオンライン』。

 オーソドックスなファンタジーRPGでありながら、細部まで作り込まれたゲームシステムと、グラフィックの美麗さで好評を博した前作『アインズヴェルト』の続編だ。

 しかも初のオンライン実装とあって、発売前からSNS各所で約束された神ゲーと呼ばれ、非常に期待値の高いゲームソフトなっている。



 そのノインヴェルトが今日発売なのだ。

 もちろん、前作をプレイしてきた俺の期待値も制作発表時から爆上がり。

 絶対に買うと決めていた。



 しかし、VRゲームはその作り込みのリアルさから、普通のテレビゲームソフトと比べ価格がかなり高めに設定されているのが難点。

 ダウンロード版の方がやや安いが、このゲームに惚れ込んでいる俺は最初から特典付きのパッケージ版を買うと決めていたのだ。



 だからこそ、この金を奪われる訳にはいかなかった。



「んだ、てめぇ! なめてんのか!」

「ぐっ……!?」



 一向に財布を出そうとしない俺に痺れを切らしたらのか、不良少年が腹にパンチを食らわしてくる。



 思いの外、重いパンチだった。

 お陰で一瞬、呼吸が出来なくなる。



「クソが!」

「ぐはっ……!!」



 今度は顔を殴られた。

 その拍子に吹っ飛び、硬いアスファルトの地面に体を打ち付ける。



 ……痛い。

 何で俺が、こんな目に遭わなければならないんだ……。



「おい……顔はマズいんじゃ」

「うるせえ!」



 別の少年が言葉を挟むが、すぐにその怒号によって口を噤んでしまう。



「こういう、しみったれた奴は誰にも言えやしないんだよ! なのに……弱えくせにイキがってるのが、なおムカつく!」

「ぐふっ……!!」



 倒れ込んでいる所に、思い切り腹を蹴られた。

 胃の中のものが全部出そうになる。



 俺みたくクラスの隅で誰とも口を利かず、友達もいない人間は、彼らのような不良にとっては格好の的だ。

 影が薄いが故に、変化があっても誰かの気に留まることもないのだから。



 おまけにひ弱な体型を見れば、反撃の心配が無いことも一目瞭然だ。



「うう……」



 体中が痛みに支配され身動きが取れない。

 そんな俺の胸元から財布が抜かれる感触が伝わってくる。



「最初からさっさと出せばいいんだよ。手間かけさせんな」



 少年はそう吐くと、空になった財布を俺の顔に向かって放り捨てた。



          ◇



「いつつ……くそ……酷い目にあった……」



 俺は家に帰るなり、自分の部屋のベッドに仰向けで寝っ転がった。



 ついてない。



 怪我は口の中を少し切った程度で済んだが、楽しみにしていたノインヴェルトが買えなくなってしまった。



 ゲームよりも体の方が大事だという奴もいるかもしれないが、俺にとってはゲームの方が大事だ。



 VRゲームだけがクソみたいな現実から逃避出来る最高のアイテムだったのに、それを取り上げられたら死んだも同然なのだから。

 結局、金を出そうが出すまいが、一、二発は殴られていただろうしね。



 まあ、絡まれた事自体が不運でしかないのだが。



「あー……オープン初日から出遅れちまった」



 既に頭の中はライバルに差を付けられた事で一杯だ。



 俺は溜息を吐きながら寝返りを打った。

 すると、枕元に置いてあるヘッドギアにふと目が行く。

 アビスだ。



 安全の為、寝た姿勢でのプレイを推奨しているアビスは、頭頂部から顔面にかけて本体が覆う、これまでのVR機器とは違った特異な形状をしている。



 俺はすぐにそいつを手に取ってプレイ出来るように、いつもその場所に置いていた。



「しゃーない、アインズでもやるか……」



 とことんやり尽くした前作を今更プレイしたところで到底代わりにはなり得ないが、この遣る瀬無い気持ちを紛らわせるにはそれしかなかった。



 俺はアビスを手に取ると、頭に装着する。



 電源を入れると、まず最初に現れるのはメニュー画面だ。

 ここで本体にインストールされているゲームを選択することが出来る。



 頭で意識すると、球体の上に並ぶVRゲームのアイコンが回り始める。

 アビスが脳波をキャッチして操作に反映させているのだ。



「ええーと、どこだっけかな……?」



 そんなふうに目的のゲームアイコンを探していると、俺の視界に有り得ないものが飛び込んできた。



「えっ……なんで??」



 インストール済みのアイコンの中に、購入することが叶わなかったノインヴェルトオンラインのシンボルマークが浮いていたのだ。



 ソフトをインストールした覚えは当然無いし、ダウンロード版を購入した訳でもない。



 もしかして……無料体験版?

 とも思ったが、アイコンにそんなような表記は無い。



 プロパティを開いてみても、確かに正規版のノインヴェルトオンラインだった。



「なんだこれ……どういう事??」



 起動時にパスワードをかけているから、家族の誰かが勝手にインストールしたなんてことは無い。

 そもそもそんな気の利いたことをするような人達でもない。



 どうしてそれがここにあるのか理由が全く分からなかったが、俺にとっては降って湧いた幸運でしかない。



「これは……不幸な俺に神様が用意してくれたプレゼント……そういう事にしておこう!」



 理由なんてどうでもいい。

 欲しかったものが目の前にあるのだ。これをやらない手は無い。



 俺は早速、意識でアイコンに触れ、ノインヴェルトを起動させた。

 すると、その直後――、

 眼前に意味不明な選択肢が表示される。




『ノインヴェルトのステータスをリアルと同期させますか? Yes/No』




 リアルと……同期?

 どういうこと……??

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