#19 拘束

 フォーリーという街がどのくらい治安が良いのか、リテルは詳しくはない。

 この三人組が怪しいと感じたのは、利照おれの直感だ。

 海外出張の多い父親と、海外公演をたまにする母親を持つ利照おれは、元の世界でそこらの十五歳よりおそらくは海外経験があるほうだと思う。

 警戒心の薄い観光客に対して笑顔で近づいてくる詐欺師の顔に……どうにも思えてしかたなかったんだ。

 本当に親切な人なのだとしたら、むやみやたらに触ってはこないはず。

 特にこういう人目がある場所では、先に手を出したほうが不利というのはこちらの世界でも変わらないだろう。

 だからあくまでも、受け身で……紳士的に解決したい、そう考えていた。


「勝手に触らないでください」


 俺が気持ち大声できっぱりと言い放ったのは、俺とつないでいるルブルムの手を無理やり引き剥がそうとした直後。

 その途端、ずっと笑顔を浮かべ続けていた羊種クヌムッの表情が青ざめた。

 そいつは俺たちから手を放し、その放した手で自分の下腹部のあたりを押さえ、何歩か後退る。


「お、おい、お前ら……あ、案内してさしあげろ……」


「エルーシ、どうしたんだよ突然」


 鼠種ラタトスクッが俺たちを囲むのをやめ、エルーシと呼ばれた羊種クヌムッへと駆け寄る。

 その時だった。

 笛の音が高らかに響いたのは。


 複数の足音が付近から集まってくる……衛兵だ。

 この小道の前から二人、後ろから二人。


「ヤベェ、エルーシ、レイーシ、ずらかるぞっ」


 そう叫んで逃げようとした、やつらの仲間の猿種マンッが、足を引っ掛けられて転んだ。


「マドハトだろ? もうそんなに元気になったのかい!」


 そこには尻尾をブンブンと振っているポメ顔の犬種アヌビスッ……先祖返りが居た。


「……クッサンドラ?」


「そうだよ! おいらだよ、マドハト!」


 ……なんて、感動の再会っぽいものに気を取られているうちに、俺たちも、声をかけてきた三人組も全員拘束されてしまった。




 俺たちは衛兵の詰め所のような建物へ連れて行かれた。

 荷物を没収され、三人ずつ牢屋へと入れられる。

 俺たちは俺たちで、三人組は三人組で、別々だったのがせめてもの救い。

 なぜかというと、あのお腹を押さえていた羊種クヌムッのエルーシが、不快な音と臭いを撒き散らしながら、牢屋の中でトイレ代わりの壺にずっとまたがっているからだ。

 その理由を俺は……おそらくルブルムも知っている。

 マドハトから魔法代償の集中を感じた……あいつ、魔法を使ったんだ。


 牢屋に放り込まれてから小一時間。

 本来ならばそろそろ夕食のことを考えたい頃合いだけど、運がいいのか悪いのか、あの臭いのせいで食欲はまったく湧いてこない。

 その間、俺とルブルムは、街の中では許可なく魔法を使ってはいけないという「常識」を、マドハトに繰り返し教え続けた。

 カエルレウム師匠からはちゃんと忠告されていたはずなのに、マドハトは聞いてなかったのかな。


「ごめんなさい。リテルさまに、攻撃したから、僕は怒ったです」


 うーむ。気持ちはありがたいけれど、それで結局こんなことになるのなら本末転倒だ。

 やたらとスキンシップとかペロペロとかしたがるマドハトは、我慢というものが足りないのかもしれない。

 ちょっと我慢する訓練でもしてもらおうかな。


「俺が待てって言ったら、ちゃんと待つんだぞ」


「はいです!」


 ハッタに「待て」を教えたときを思い出しながら、マドハトに強く言い含める。

 マドハトの年齢は、リテルより一つ下。こちらの世界の十四歳は、元の世界でいう十六歳なんだけど。

 まあ、ゴブリンやってた期間が長いからなぁ……。


「おい、犬種アヌビスッ以外の二人、こっちへ来い」


 牢の外側から声がかかったのだ。

 振り返ると体の大きな衛兵が一人、立っていた。

 リテルが知らない獣種。

 耳の形は、サイとかカバとかに似ている。


「はい」


 返事をして牢の入り口付近へ近づく。

 ルブルムも近づいてきたのを待ってから、その衛兵は牢屋の鍵を開いた。


「私についてきなさい」


 俺とルブルムが牢から出ると、大きな衛兵の後ろに隠れていたのか小柄な衛兵が現れ、牢の鍵を受け取り再び閉めた。

 こっちの小柄な方は鼠種ラタトスクッだな。


 階段を一つ昇り、地上階へと戻るが、入り口とは反対方向、建物の奥へと誘導される。

 レンガ造りの通路には扉が幾つもついていて、その中の二つ……別々の扉へ、俺とルブルムは分けられて案内された。


 一アブス四方の窮屈な小部屋。

 窓はなく、部屋の中央には小さなテーブルと、椅子が二つ。

 壁に取り付けられた燭台には二本のロウソクが灯され、それ以外は何もない。


 俺と一緒に入ってきた大柄な衛兵にうながされるまま、扉側の椅子へ座る。

 やがて、ノックのあと、扉が開き、一人の猿種マンッが入ってきた、

 けっこう年配の、厳しい目をした猿種マンッは、部屋の奥側の椅子へと座り、おもむろに尋ねてきた。


「街の中で……塀の内側で、許可なく魔法を使ってはいけないということは、ご存知かな?」


「はい……ただ、彼は俺たちが攻撃されたと思ったようで、ついカッとなってしまったようです」


 ついカッとなって。

 こちらの言葉でしゃべれているってことは、似たような表現があるんだな。


「今回は、目撃者も居て、君たちの正当防衛だということは判明している。あいつらは田舎から出てきたばかりの者ばかりを狙ってよく問題を起こすスラムの連中でね、前科もある」


 目撃者というのは、マドハトのことを知っていたクッサンドラとかいうポメ顔先祖返りの犬種アヌビスッのことかな。


「あと、荷物を調べさせてもらったけどね、君らは寄らずの森の魔女様の関係者でしたか……魔法を使った彼もですか?」


 マドハトの立ち位置は、正直俺にもわからない。

 カエルレウム師匠はマドハトにも魔法代償の集中のしかたは教えてくれたし、白魔石レウコンの革ベルトも俺だけじゃなくマドハトにもくれた。

 ただ、魔法は一つも教えていないんだよな。弟子ってのも俺は明確に言われたけれど……。

 俺を慕ってついてきてくれたマドハトを見捨てる気はないが、カエルレウム師匠に迷惑がかかるようなことになってはいけないという思いも強い。

 この「関係者」という言葉がどの程度の範囲を指すのか、わらからないのがなぁ。


「……彼は……マドハトは……隣村の出身で、俺の友人です。俺を助けるためにわざわざついてきてくれました。ストウ村に滞在中の領主監理官のザンダさまから、フォーリーまでの通行手形を、俺と一緒に発行されています」


「ふむふむ。監理官本部や魔術師組合に問い合わせた内容と齟齬もない。君と彼女は釈放しよう。クスフォード虹爵さまの面会時間は本日はもう終わっている。明日の朝、夜明けから三時間ホーラ経過後に、虹爵さまの邸宅前に来なさい」


「はい。ありがとうございます……あの、マドハトは……」


「残念ながら、例え正当防衛であろうとも、街なかで魔法を使用した場合は魔法代償徴収刑であり、これは免れない。事情があろうとも、これだけは無罪放免にするわけにはいかないんだ……まあ、状況的に三年分の寿命で済むだろう。明日の夕方までには釈放されるだろうから、ここまで迎えに来るといい」


 三年分の寿命……懲役みたいなもの……だとしても、けっこうヘビィだな。

 でもそれだけで済んだと考えるべきなのかな。

 ああ、俺がもっと気をつけていれば……紳士として、周囲への気配りが足りなかった。

 自分の判断ミスで人の命が年単位で失われる、そんなしたくもない経験をしたせいか、今更ながら手が震えてきた。

 パイアに襲われたときのように自分自身の命が脅かされていたときとはまた違う緊張感。


「……わかりました。ご迷惑をおかけしました」


 俺は荷物を返され、ルブルムと合流し、衛兵の詰め所から釈放された。


「リテル、大丈夫か?」


 ルブルムが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 頼っていいよと言いながら、情けないな、俺。

 もっとだ。

 もっと、精進しないと。


「俺は大丈夫……マドハトを止められなかったことが悔しいだけ」


「マドハトも、リテルを慕っている。リテルが注意すれば、次からは防げる」


 うん。そう思……「も」?

 も、って……そんな小さな言葉尻にまで神経を配ってしまっていた俺の背後で、馬がいなないた。

 振り返ると、立派な馬車が来ていた。

 ストウ村から乗ってきた、荷車に幌をつけたようなものではなく、屋根までちゃんと造られたドア付きの馬車。


「ルブルムさんですか? お乗りください」


 御者台から女性の声。

 フードを目深に被っているせいか獣種まではわからないが、肌は浅黒く、どこか冷たい目をしている。


「あなたは?」


 ルブルムが尋ねると、御者台の女性は軽くため息をつく。


「ディナ様から何も聞いてないんですか?」


「ディナ先輩の使いの方か。では、失礼する」


 馬車の扉を開けてルブルムが乗り込む。

 続けて俺も乗り込もうとすると、御者さんの声に不快感が混ざった。


「男? なんで男が乗るの?」


 えぇぇ。


「では、私も乗らない。あなたは案内だけしてくれればいい」


 ルブルムが馬車を下りると、御者さんは舌打ちして馬車を出す。

 しかも歩くスピードより若干速め。

 なにこれ。

 自然とため息が出る。

 ルブルムは馬車を追って早足で進み始める。

 俺も慌てて追いかける。

 ディナ先輩ってのに、会いたくない気持ちがぐいぐい膨らむのを感じながら。






● 主な登場者


利照トシテル/リテル

 利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。

 リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。

 ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。

 魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。

 不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種マンッ

 フォーリーの街に来てからいいことなさげ。


・ザンダ

 ストウ村に滞在する領主直属監理官。村人からは親しみをこめての領監さんと呼ばれる。

 リテルやマドハトの通行手形を準備してくれた。


・マドハト

 赤ん坊のときに取り換え子の被害に遭い、ゴブリン魔術師として育った。犬種アヌビスッの先祖返り。

 今は本来の体を取り戻している。リテルより一歳年下。

 ゴブリンの時に瀕死状態だった自分を助けてくれたリテルに懐き、やたら顔を舐めたがる。

 リテルを助けるためと言ってくっついてきた。

 ゴブリンの魔法を覚えていて、フォーリーの街なかで使ってしまい、拘束された。


・カエルレウム師匠

 寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種マンッ

 肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。

 お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。

 寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。

 リテルの魔法の師匠。


・ルブルム

 魔女の使いの赤髪で無表情の美少女。リテルと同い年くらい。猿種マンッのホムンクルス。

 かつて好奇心から尋ねたことで、アルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。


・ディナ先輩

 ルブルムの先輩。フォーリーに住んでるっぽい。


・御者さん

 ディナ先輩の使いの馬車の御者。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。


・親切そうな三人組

 フォーリーの街で話しかけてきた羊種クヌムッのエルーシ、猿種マンッのレイーシ、鼠種ラタトスクッの三人組。

 スラム出身者で、田舎から出てきたばかりの者ばかりを狙ってよく問題を起こす前科持ち。


・クッサンドラ

 ポメラニアン顔な犬種アヌビスッの先祖返り。

 マドハトの知り合いらしい。


・パイア

 猪の皮を被った魔物。中身は獣種の女性に似ていて、繁殖のために獣種の男を誑かして交尾する。

 交尾が済むと、子の栄養のため、攫った男も周囲の生命も喰らい尽くす。

 可哀想な被害者は交尾を免れたとしても、パイアの毒で死んでしまう。




● この世界の単位

・ディエス

 魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。

 魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。


・ホーラ

 一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ一時間に相当する。


・ディヴ

 一時間ホーラの十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ五分に相当する。


・アブス

 長さの単位。

 元の世界における三メートルくらいに相当する。


・プロクル

 長さの単位

 一プロクル=百アブス。

 この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。


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