ルナマリア・・・才女の初恋?

金色の麦畑

第1話 ルナマリアの初恋

 父が拝領しているサマリアルドは王都から馬車で2時間程の距離にある。

 領地の3分の1はそれほど高さのない山ではあるものの、良質な木材とするために幾種類もの木々が植えられており、それらを管理する者達が暮らしている村が山裾やますそに点々と作られている。

 残りの3分の2には緩やかに川が流れる平地が広がり、牧畜と農耕が盛んであるため王都の食料庫とも呼ばれているほどである。


 王都の食料庫の窓口となる我が家は伯爵の爵位を持ってはいるものの、高価な特産品があるわけではないことから田舎者とそしられることも多い。

 言いたい者には言わせておけばいい。

 そういう輩には何を言っても仕方がないから。

 会話にならない会話をするのは時間の無駄であり、たとえそれが数分であったとしてももったいない。


 しかし今日来ているのは久しぶりに会う幼馴染。

 知らん顔が出来ないのでとりあえずは適度に相づちを打たなけれはならない。

 お互いの近況をしばらく話していたのだが、久しぶりに会ったせいか少し話に間が開いた。


「ルナマリア、君も社交界にデビューしているのだから、そろそろ王都に出て来て私のパートナーになってくれないか?」


 向かいのソファに座っているロベルトがいつになく強張った表情で、しかし真剣な目をして尋ねる。

 膝に置かれている握りこぶしにも力が入っているようだ。


「確かに王宮舞踏会で国王陛下にデビューの挨拶は済ませているわよ。だからと言って田舎伯爵令嬢の私が夜会に出ても出なくても誰かが気にすると言うことはないわ。

 ロベルトも忙がしいのでしょう?王都から離れている私のところへなどわざわざ来て幼馴染だからと気を使わず、気になる令嬢がいるのなら誘って一緒に参加すればいいのよ」


 いつもとは違う幼馴染の様子に気づいたものの、よほどのことがない限り社交界に出るつもりはないルナマリアはあっさり断る。


「ルナマリア……」


 眉を下げ、口角をゆがめたロベルトから視線を手元の刺繍に戻すと、ルナマリアはそれからはもう顔を上げることはなかった。

 しばらく刺繍に動くルナマリアの指先を見つめていたロベルトは、一つ大きなため息をついて立ち上がると侍従とともに部屋から出て行く。

 やがて開けられていた窓から馬車の車輪の音が屋敷から遠ざかって行くのが聞こえて来た。

 ようやくルナマリアが顔を上げて侍女見ると、彼女は頷いて冷めた紅茶が入ったままのティーセットを二つ静かに下げた。





 伯爵の個人私有地の隠蔽された場所にある『真実の泉』で、ルナマリアはロベルトが仕方なく自分に付き合っていることを知った。

 幼少の頃からの付き合いは長く、自分のことをわかってくれていると思っていたのに、田舎者とさげすむ他の子息令嬢と同じなのだと知ってがっかりした。

 それからのルナマリアはロベルトとの交流を少しずつ減らすことにした。





『どうして俺はこんなところに連れられて来ているんだ?別に俺はこんなところでのんびりしたいわけじゃないのに……はぁ…』


 一年近く前になるあの日、学園に入学したロベルトが久しぶりに訪れたので共に出掛けた。

 出掛けた先で彼の姿を映した泉に手を浸していたルナマリアの頭の中に、ロベルトのそんな心の声が聞こえて来たのだった。

 今の今まで楽しくお互いに笑いながらいつものように会話をしていたのに……。

 笑顔が固まったのが自分でもわかった。


『こんなところで悪かったわね』


 自分達が暮らす領地の中では一番のお気に入りで、家族以外には本当は秘密にしなくてはならない大切な場所へ案内したというのに「こんなところ」と思われたことが悲しかった。

 屋敷に戻るまではいつも通りに見えるよう振る舞っていたが、ロベルトが乗って去って行く馬車を見送りながら涙を流した。

 長い付き合いの彼とは心の距離が近いと思っていたのは自分だけだった。

 所詮は他人。

 自分や家にとって都合が良い相手とのつながりを求めるのが貴族のさがなのだから仕方がない。

 こんな田舎に来るのは親同士の交流があるからであって、ロベルトが好き好んで来ていたわけでないのだろう。


 涙を流すルナマリアの後ろで侍女がオロオロしていた。

 静かに涙する主人から声をかけられるまで心配していてくれた。

 ルナマリアが振り向いて、もう大丈夫だと言うように侍女に微笑みかけると、ホッとした表情を浮かべてハンカチを渡してくれた。


 あぁ、私には両親と屋敷の者達、領民がいてくれる。


 この地に住み、お互いに認め合い、敬ってくれる人がたくさんいる。


 私も父のように皆が幸せに暮らせる領地経営をしていこう。


 他の貴族達からどう思われようと構わない。

 彼らの言葉など気にすることなく領地と領民のために生きよう。


 ルナマリアは自分でも気付かないうちに生まれていた初恋が破れたことにも気付くことはなかった。

 涙の跡をまだ残しながら瞳に決意を宿したルナマリアを侍女は痛ましそうにみつめているのだった。

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