魔級生ノワールハーツ

五速 梁

第1話 ルーキーは場末でデビューする


「ここが話に聞く『旧校舎』か。噂にたがわず辛気臭い場所だぜ」


 古びた渡り廊下を抜け、幾重にも染みついた生活臭の中に足を踏みいれた俺は思わず鼻を鳴らした。学校にも場末という物があるんだな。


 俺は西日のあたる廊下を口笛を吹きながら歩き始めた。旧校舎は魔物が棲むとか言う奴もいるが、どうってことはない。なぜなら俺自身が魔物みたいなものだからだ。


 辛気臭い廊下をさらに進んでゆくとどん詰まりに近い場所で突然、ポケットの端末が鳴った。ここだ。俺は足を止めると近くの『教室』の札を見た。『二年M組』。間違いない。


 俺は引き戸を開けると、「失礼します!」と道場破りのような大声を上げた。


「……誰?」


 俺と目があった瞬間、氷のような声でそう言い放ったのは窓を背にした女子生徒だった。


「第二新校舎二年S組より異動になりました、寒風寺零かんぷうじれいです!本日付けで旧校舎M組、通称『捜査壱係』に配属されました。よろしくお願いします!」


 俺が黒板に自分の名を書き、一気に畳みかけると、女子生徒は腕組みをしたまま「あなたね、魔物とか呼ばれる二年生は」と言った。


「私は捜査壱係長、蘭堂咲らんどうさき、三年生よ。よろしく」


 女子生徒はそう言って机の前に歩み出ると、右手を差し出した。俺は教室内のどこからか向けられてくる視線を意識しつつ、蘭堂と名乗る上司と握手を交わした。


 ――なんてこった、噂の『壱係』のボスは女子だったのか。


「壱係に、ひとつ少ない零が来たというわけね。……面白いわ。ここではゼロと呼ぶわよ」


 咲はそう言うと、「ちなみに私は部下から『姫』と呼ばれているわ」と付け加えた。


「ではお言葉通り、ゼロから始めさせていただきます、お姫様」


 俺が愛想笑いを顔に貼りつけたまま教室の中を見回そうとした、その時だった。


 「ここに配属されたってことは、卒業までまともな『学園生活』には戻れないってことだが……ご承知かな?新人さん」


 教室の後ろの方にいた人影が急に歩み寄ってきたかと思うと、いきなり俺の前に立ちはだかった。俺よりも頭一つ分背が高く、鍛え上げた胸筋の上に赤いモヒカンのごつい顔が乗っかっていた。


「ご承知ですよ、先輩。人並みの青春は中三で野球をやめた時にサヨナラしました」


 俺が両肩をすくめると、大男は「その覚悟をこれから、大いに生かしてくれ」と言った。


「俺は本塁打芯ほんるいだしん。ここでは『レッド』と呼ばれてる。ほとんど出てこない奴もいるが、一応、部署全体では係長を除いて六人になる。せいぜい、嫌われないようにしてくれ」


 俺は不意に懐かしい気分になった。姫を入れて七人か。あとちょっとで野球チームだ。


 俺がぼんやりボールと戯れた日々に思いをはせかけた、その時だった。ふいに咲の机に置かれた端末が不穏な呼び出し音を立てはじめた。


「……私よ。……えっ?第三体育館に焼死体?」


 咲の言葉に教室内の空気が一変して緊張を孕んだ、その直後だった。突然、引き戸が乱暴に開け放たれたかと思うと、小柄な人影が教室内に飛び込んできた。


「やばいです、姫。極龍組の連中が廊下の端でバリケードを作ってたむろしてる」


 坊主並みに短く刈った金髪に片目が傷で潰れた男は、アロハの胸をはだけたまま言った。


「慌てないで。奴らだってここをいきなり襲撃するほどの馬鹿じゃないわ。ただのデモンストレーションかもしれない。捜査だと言って強引に突破しなさい」


 咲は冷静な口調でそう言い放つと端末を指で操作し始めた。横から覗きこむと、端末にはブラインドのアニメーションが表示され、咲はそれを指で広げているのだった。


「なんですか、それ」


「校内八十箇所に配置された監視カメラの映像よ。このブラインドを広げることで向こうの様子がのぞき見できるわ」


 なるほど、捜査壱係ともなると、一般生徒には扱いを禁じられている管理アプリの使用が認められているというわけか。


              〈第二話に続く〉

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