後悔

子供のころから早く大人になりたいと思ってた。

早く一人前の人として扱われたいと思っていた。

子ども扱いされたくなくていつもいい子であろうとした。

周りの子たちよりも冷静で沈着で大人であろうとした。

いつも第一印象が大人っぽいといわれるような子供だった。


大人っぽいといわれたくて読書を趣味にした

本を読むこと、静かにすること、むやみやたらに走り回らないこと

幸い、そうあることがつらくはない性分で

子供というにしては大人びた子であろうと努めた。

勉強することもたいしてつらくはなかった。

というのも、小学生くらいの勉強は困ることはなく、勉強という勉強をしなくてもそれなりにいい成績が取れた。

そこでまた一つ、私は頭がいいというラベルが貼られた。


幼いころから、兄と姉の背中を見て育ってきた

兄や姉(怒られる頻度が高いのは姉の方だったが)の失敗を見て同じ轍を踏むまいとしてきた。

兄は一人歩きが好きだった。いや、好きだったというのは語弊があるかもしれない。

兄は一人でどこへでも行けた。

一人でフラッとどこかに出かけてはいつの間にか帰ってくる。

新しいものを見つけるのも、新しいことを始めるのも、いつもいつも兄だった。

私はそんな兄が大好きだった。

お兄ちゃんの真似をしたがった。

姉はいわゆるやんちゃな子だった。

親が少しでも目を離すとどこかしら怪我をしていたような子だった。

姉は体を動かすことが好きなようだった。

姉は外ではいつも笑顔のような子だった。

ニコニコした笑顔が私は好きだった

その笑顔が私に向けられたことはもう覚えていないくらい遠い日のことなのだけれど

だけど私は笑顔の姉が大好きだった。

友達といるときの姉が好きだった。

私が姉の顔を思い出そうとすると、いつだってしかめっ面でにらんでくる姉が思い出される。

頑張って笑顔の姉を思い出そうとするも、写真のために作った笑顔か、何かを裏に隠しているような顔ばかりだ。

私は姉の笑顔が苦手だ。

姉と喋るのはとても緊張する。

姉といるのは疲れる。

優しかったという幼いころの姉を私は知らない。


両親は、兄と姉に関してはかなり放任主義な様子だった。

まあ、姉に関しては女の子なんだから慎みを持てくらいの小言はあったが。

基本は対等の人間としての扱いを受けていた。

末の私はいつまでもいつまでも赤ん坊のままだった。

少しでも怪我をすれば私以上に母が騒いだ。

怪我をして痛がると、余計にうるさくなるから私は我慢して大丈夫ということが多くなった。

学校で起きた不満を母に話すとすぐに電話をかけようとするから、何も言わないように努めた。

学校に行きたくないというと、いじめかといわれるからいやでも学校に行った。

今まで出会ってきた中で信じられないようなことがあった。

どう解釈しても嫌悪感があふれてきて、たまらず母にエピソードとともにその人が嫌いだといった。母はそんなに簡単に嫌いと言ってはダメだといった。

私はまたしても言葉を閉ざした。

私はいつも両親に引っ張りまわされた。

都合のいい子だったから。

家に籠城しようとするとすごい剣幕で怒られた。

怒られてしぶしぶ外に出た。

出かけてよかった記憶がない

一人で遠出するのもとがめられた。


昔から、母が私に対して話すときの声が不快だった。

赤子に話しかけるような猫なで声で、気持ち悪かった。

一人の人間として対等に扱ってほしくて、大人っぽくふるまうようになった。

家でも外でも変わらずのその声がいやだった。

だけどどんなに言ってもその声色をやめてくれることはなかった。

何を言っても反抗期だのと言ってまじめに受け取ってくれたことはなかった。

成人しても母の態度は変わらなかった。

いつまでもいつまでも私は母のお人形さんだった。

私は母とともにいることがつらくて仕方がなかった。

死にたくてしょうがなかった。

ふとした拍子に死に方を考えてしまうようなほどだった。

朝起きるのがつらかった。

夜寝るのが怖かった。

階段を上る音にいちいち神経をとがらせていた。

母の声が怖かった。表情が怖かった。

ご飯を食べる量が減った。

油ものが食べられなくなった。

寿司も肉も、ケーキもパフェも、中華も揚げ物も受け付けなくなった。

食事中に嘔吐きそうになるのをどうにかして抑えていた。


親元から離れて、一人暮らしを始めた。

幾分か生きやすさを覚えた。

新しく出会った人たちは私を一人の人間として扱ってくれた。

ただ、話すことを、自分の考えたことを伝えることをやめてしまっていたために言葉がうまく紡げなくなっていた。

他の人よりも幾分かうまく生きられないことを自覚した。

何でも親が先回りしてやってしまう弊害があった。

あまりに自分ができないことが多いということに気が付いた。

怪我をするのが怖くて階段を下りるのに手すりか壁がないと降りるのにも時間がかかる。

怒られることが怖くて、失敗することが怖くて、迷惑かけることが怖くて

友達にしつこいくらいに手順を確認してから物事をすすめる。

私はとても臆病で未熟な人間だった。


ちょっとふざけて某鼠の声真似で話してみる

友人らは案外それを笑ってくれて、

小さいころにもっとはっちゃけていればよかったなと後悔した。

もっと公園で走り回ればよかったな。

もっと早くふざけるのも悪くないと思いたかった。

もっともっと自分らしさっていうのを逃がさないでおきたかった。

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