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 その夜。


「そういえば、龍宗様」


「なんだ」 


 相変わらず同じ寝台にありながら、龍宗は璃鈴にただ寄り添って眠る日々を過ごしていた。


 今までと違うのは、龍宗が璃鈴の隣で深く眠るようになったこと、そして、目覚めれば共に朝餉を取るようになったことだ。



「龍宗様のついた嘘って、なんですか?」


 屋根にあたる雨の音に耳を澄ませていた龍宗は、薄闇の中で璃鈴に目を向ける。


「以前、一つだけ私に嘘をついたと、龍宗様がおっしゃったことを思い出して」


「ああ……」


 龍宗は、ごろりと璃鈴の方を向いて頬杖をつく。


「知りたいか?」


「はい」


 しばらく考えてから、龍宗は、片手で璃鈴の頬に触れた。



「頃合いだな」


「え?」


「いや、こちらの話だ。お前を妻に選んだ理由……婚儀の夜に、確か話したな」


「ええと……名を覚えていたのが、私だけだったから、と」


「それは、嘘だ」


「嘘? では、他にも名を覚えていた巫女がいるのですか?」


「そうではない」


 雨音が響く薄闇に、ひっそりとした龍宗の声が響く。



「璃鈴」


「はい」


「初めてお前を見た時から……俺の心はずっとお前に囚われていた」


 驚いて、璃鈴は龍宗の顔を見あげる。暗闇の中でも、間近にある龍宗の顔が見て取れた。


「里に行った時に、舞を見せてくれたな」


「はい」


「幾人もいた巫女たちの中で、お前だけに目が惹かれた。黎安に帰ってきてからもお前のことがずっと頭から離れなかったが、その頃の俺には理由がわからなかった」


 その時に芽生えた気持ちを、龍宗は理解することができなかった。それは、恋を知らなかった龍宗の初恋だった。自分の感情の名も知らず、ただ、璃鈴が欲しいとの思いだけが龍宗の心を占め続けていた。



 自分の気持ちがわからなかった龍宗は、慣れない感情に戸惑った。婚儀の前日、いてもたってもいられず璃鈴に会いに行くも、その姿を遠目に見るだけで動揺してしまい、声もかけられなかった。自分の行動に対する羞恥から、婚儀の席で璃鈴にはひどい言葉を吐いてしまった。それを龍宗は今でも悔いている。



「あの時のお前は、まだ皇后になることが可能な十六歳には達していなかった。だからお前が十六になる日を、俺はずっと待ち続けていた」


「龍宗様……」


 龍宗は緩やかに顔を近づけると、璃鈴に口づける。すっかりその行為に慣れた璃鈴は、唇が離れると、ほう、と息をついた。



「今宵、お前を抱く」


 璃鈴が仰ぎ見る龍宗の瞳は、いつも口づけを求めてくる時と同じ熱をはらんでいた。璃鈴は、その顔を見かえす。


「抱く、とは」


 わざわざそう宣言するという事は、いつものように抱きしめることとは何かが違うのだろうか。


 戸惑う璃鈴に、ふ、と龍宗は笑った。


「俺と、一つになるということだ」


「龍宗様と?」


 そう言われても璃鈴にとってはまだ理解できない状況だったが、わからないなりに何か素晴らしく幸せなことに思えた。


 急に璃鈴の胸がどきどきと高鳴ってくる。



「私は、何をしたらよいのでしょう」


「何もしなくていい。ただ、俺のすることに身を任せろ」


 意図をもって動き始めた龍宗の手に、びくりと璃鈴は体をこわばらせた。その動きを感じて、龍宗はいったん手を止める。



「怖いか?」


「いいえ。……龍宗様」


「なんだ」


「私も一つ、嘘をつきました」


「なに?」


 きょとんとする龍宗に、璃鈴は、ふふ、と笑う。


「大っ嫌いなんて、嘘です。……本当は、大好き」


 そう言った璃鈴に目を丸くすると、龍宗は笑いながら口づけを落とした。





 輝加国には、伝説があった。


 強い力を持った天の龍と、その龍を封じた雨の巫女が、国の最初の礎になった、と。


 なぜ龍はその力を収めたのか。なぜ巫女は異形のものに嫁いだのか。


 真実は、遠い遠い昔話の中。


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