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「私? なんで? ですか?」


「本当になあ」


 首をひねる長老に、璃鈴は笑いだしてしまった。


「そんなの、何かの間違いですよ、長老様。だって、私、今日十六歳になったばかりで、まだなんの皇后の教育も受けてないじゃないですか。きっと長老様の耳がもうろく……いえいえ」


 ぎょろり、と璃鈴をにらんだ長老も、普段と変わらない璃鈴の様子に、いつもの調子を取り戻してきたようだった。



「わしもそのように言ったのじゃがな、璃鈴で間違いないと御使者が言っとる。お前、何かしたか?」


「なにをすれば自分から望んで皇后になど選ばれることができるのですか?」


「なあ」


 二人で首をひねった時だった。


「長老殿」


 三人は顔をあげて、声のした方を一斉に振り返った。



 それは、若い男だった。官吏の服を着た精悍な青年に、璃鈴は見覚えがあった。昨年、龍宗がこの里に訪れた時に常にその後ろに控えていた青年だ。


 青年は、迷いなく璃鈴の前に進むと膝をついた。


「お迎えに上がりました。璃鈴様」



 目の前で頭を下げる青年に、璃鈴はきょとんとした顔を向ける。


「確かに私が璃鈴ですが……本当に、私なのですか? どなたかとお間違えではないのですか?」


「いいえ。私は確かに、璃鈴という名の巫女を迎えよと、皇帝陛下龍宗様に申し付けられて参りました」


 青年は、そう言いながらも探るような視線を璃鈴にむける。青年に向ける視線はあどけなく、大人になったとは名ばかりの少女である事が見て取れる。



「わが君、龍宗様は、あなたをお望みです」


「理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」


 どうやら勘違いではなさそうだとわかり始めた璃鈴は、首をかしげて聞いた。


「……それは、直接龍宗様にお聞きください」


 ためらいがちに言って、青年は璃鈴から目を逸らした。その態度から璃鈴は、この青年も璃鈴を皇后にすることに疑問を持っていることを感じた。



 その様子を見ながら、長老も口を挟む。


「しかし龍宗様がお望みとはいえ、今日これからとはあまりに」


「婚儀の日程はすでに直近の吉日に決定しております。その日程を考えますと、すぐにでもこちらを発ちたいのです。全ての準備は、こちらで行いますのでご心配なく」


「ですが……昨今、巫女たちの祈りが天に通じにくくなっています。この時期に巫女が減ってしまうのはあまり芳しくないのでは……」


 まだ事の次第を飲み込めていない長老の言葉に、青年は凛とした顔をあげる。



「だからこそ、皇后が必要なのです」


 長老は、は、としたように目を見開いた。


「ああ……そうですな。確かに。皇后としての役割とこの璃鈴の印象があまりにも重ならないために、私も失念しておりました」


(よくわからないけど、なんだか私、けなされたような気がする……)


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