第43話 ただ、ケジメはしっかりつけろよ
呼び出したエレベーターが下りてくる。その階数表示が1に近づいていくのを、佳代はただ眺めていた。総合病院の1階、エレベーターホール。薄く漂う薬の香りを感じながら、佳代はただ階数表示を見つめる。と、電子レンジのような音と共に、エレベーターの扉が開く。そして、現れたのは――学校で見慣れた、一人の少年だった。小柄な体躯、さらりと揺れる銀髪、夏でも外さない黒マスク、鋭い視線――。
「き、霧島なのだ?」
「……
見開かれた瞳を見つめ返し、佳代はきょとんと首を傾げる。対し、
「……奇遇」
「まったくなのだ。こんなところで会うとは思わなかったのだ。こんなところで何をしているのだ?」
「そ、その……」
気まずそうに視線を伏せたまま、まごつくように言葉を詰まらせる
「……見舞い」
「わぁ、奇遇なのだ! 僕も
「え、なに、
「色々あったのだ」
あえて話すことはせず、佳代はただ淡く微笑みを浮かべる。思わずそれを見つめ、そして
「……乙」
「ありがとうなのだ、兆に伝えておくのだ。霧島は誰の見舞いなのだ?」
「……」
何気ない問いに、
「そ、その……中学の、同級生。病弱。だから、高校、通信制……他校……」
「ふむふむ」
「中学もろくに行けてなかった系。俺は……たまたま席が隣だったパターン。先公に言われて世話焼いてるうちに、なんか……懐かれたパターン」
「ほうほう」
時折相槌を打ちつつ、
「……だいたいわかったのだ。霧島、意外と世話焼きなところあるのだな」
「意外とは余計。じゃなかったら風紀委員なんてやってなさみ」
佳代から視線を逸らし、
「……押し付けられたパターン」
「まぁ、そりゃそうなのだよな……風紀委員なんて、自分からやる奴の方が少ないと思うのだ。特に昇龍二高のような環境では」
「わかりみ」
頷き、
「とりあえず、そのご友人に『お大事に』と伝えておいてほしいのだ」
「……承知。法師濱氏も、お大事に……とだけ。じゃあ」
「了解なのだ。それじゃあ、またどこかで、なのだー!」
エレベーターホールから出ていく
「……話している間に、全部上層まで行ってしまっていたのだ……ッ!?」
◇
「見舞いに来たぞ、兆」
「元気ー?」
白いベッドに二人分の影が落ちる。ふと投げかけられた声に、兆は参考書から顔を上げた。特徴的に編まれたアッシュゴールドの髪と、耳元で揺れるフェザーピアス。黒髪の中で特徴的に輝く赤メッシュと、軽薄に瞬く大きな瞳。
「……圭史さん、国近。ちゃす」
「ちゃーす。ってわけで、キザッシー」
二人並んでベッド脇の椅子に腰を下ろし、先に口を開いたのは国近だった。大きな瞳に隙のない光を宿し、かくり、と首を傾げる。
「……説明してくんない? なんでこんなことになったのか」
「……っ」
その隣では圭史が静かに腕を組み、鋭い視線で兆を見つめていた。思わず三白眼を伏せ、参考書を強く握りしめる。ページにかすかに皴がつくけれど、それすら気付かないまま兆は口を開いた。
「……進学したくて。それで遅くまで勉強したり、『ライドラ』の活動に参加したりして、全然休んでなくて。それと、飯もろくに食ってなかったから……」
「過労と貧血と睡眠不足が祟ったっていうのは、噂で聞いたよ」
「どこで流出した、それ」
「『ライドラ』の連絡網、舐めないでくんない?」
言い放ち、国近は兆のベッドに手を伸ばした。参考書を奪い取り、パラパラとめくる。興味なさげな視線が参考書の上を滑っていった。その隣で、圭史がゆっくりと顔を上げる。
「……勘解由小路、だったか。あいつの影響か?」
「そっ、それは違います!」
びくりと盛大に震え、衝動的に叫ぶ兆。一拍遅れて体温が上がっていくのを感じ、全身の血管が脈動していくのが手に取るようにわかる。と、一瞬遅れて国近が顔を上げた。特徴的な赤メッシュが驚いたように揺れる。
「……え? 佳代ちゃんと一緒の大学目指してたりしないわけ?」
「し、しねぇよ!」
「声裏返ってるんだけど」
「うるせぇよ。つか、それ返せ」
言い放つと、国近はつまらなさそうに参考書を投げ返した。無事な方の手で受け取り、視線を落とす。
「……そもそも俺、あいつほど頭よくねえし」
「でも言うて昇龍一高も自称進学校じゃん。頑張ればワンチャンいけんじゃない?」
「ふざけてんじゃねえよ……なんつーか、おこがましいっつーか……」
「うっわ超こじらせてるんですけど」
軽く引いたような声に、兆は小さく息を吐いた。三白眼で国近を睨みつけるが、当の彼は何の痛痒も感じていないようで。と、その隣でアッシュゴールドの髪が揺れた。圭史が顔を上げ、はしばみ色の瞳で兆を凝視する。その視線はどこか痛みを噛み殺しているかのようで、兆は恐る恐る、彼に視線を向けた。
「……圭史、さん?」
「兆、よく聞け」
鶴が
「……俺たち『Rising Dragon』の、絶対の掟。『ここ以外に「居場所」がある奴は、すぐにこのチームを去れ』。忘れたとは言わせないぞ」
「……ッ!」
不思議と責めているような調子はなく、ただ、淡々と事実を突きつける声。だけどそれは大岩のように重く、喉元につきつけられたナイフのように鋭く。ひぐっ、と兆の喉がみっともない音を立てた。みるみるうちに体温が下がっていく。圭史のはしばみ色の瞳から視線を外せぬまま、兆は震える声を絞り出した。
「……申し訳、ありません」
「謝ることはない。……ただ、ケジメはしっかりつけろよ。本来はこんな団体に、お前はいるべきじゃないんだ」
言い放ち、立ち上がる圭史。呆然と三白眼を見開いたままの彼から視線を逸らし、ただ背を向けた。
「……戻るぞ。
「はっ、はい。んじゃキザッシー、お大事にね」
軽く手を振り、国近も圭史の背中を追って歩き出す。彼らをぼんやりと見送りながら、兆は皴になるほど参考書を握りしめていた。
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