第20話 佳代ちゃんのお悩み相談室
「ただいまなのだー。
「お、お邪魔します……って、俺まで世話になっていいのか?」
「気にするな。弟の幼馴染だし、昔は家族ぐるみで付き合いがあったじゃないか」
あっさりと言い放ち、舜はパチリと音を立てて部屋の電気をつける。アイボリーブラックのフェザーマッシュヘアが蛍光灯の光に輝いた。律儀に手を洗いに行く佳代を横目に、彼は顎に手を当てて考える。
「確か骨折した時に摂るべきはカルシウム、たんぱく質、ビタミンC、ビタミンD、それにビタミンK……多く含まれる食品といえば魚とキノコ……確か冷蔵庫に鮭の切り身あったよな。兆くん、キノコ食べられるか?」
「あぁ、はい、一応。あの、お手伝いとか……」
「怪我人を働かせるわけにはいかない。そっちのソファで休んでいてくれ」
「……あぁ、はい」
指さされたソファに大人しく座ると、当然のように隣に佳代が座ってきた。ふわふわのアイボリーブラックがきらめいて見えて、兆は思わず口を閉ざす。佳代は何気なくポケットからスマートフォンを取り出し、ちらりと兆に視線をやった。
「どうせ暇だし、なんか動画でも見るのだ?」
「佳代、暇なら晩飯作るの手伝え。俺も中間テストの勉強で疲れてるんだ」
「む、了解なのだ……っ?」
言いかけて、佳代のスマホが唐突に白く染まった。どこか軽快な着信音が響く。無料通話の着信画面に切り替わった液晶に表示されているのは、『ケンタロー君』の文字。
「……
「おおかたクラスLINEから登録したんだろ……どうすんだ? 受けんのか?」
「そりゃ勿論、受けるに決まってるのだ。兄貴、ちょっと電話来たから手伝えないのだ。スマンなのだ」
「スマンなのだ、って……佳代は相変わらずだな。わかった」
腕を組んで言い放ち、ダイニングに消えていく舜。それを見送り、佳代はそっと緑色のボタンをタップした。スマートフォンを耳に当て、口を開く。
「はい、こちら
『あ、マジで出た……待って、切らないで。イタ電じゃないから』
「当たり前なのだ。さっさと本題に入るのだ。僕これから飯なのだぞ」
『わかった、わかったって』
漏れ聞こえてくる声に、兆は呆れたように息を吐いた。佳代はただじっと電話の向こうの声に耳を傾ける。憲太郎は何度も
『佳代ちゃんのお悩み相談室、はじまりはじまりー』
「やっぱりイタ電じゃねえか!」
『待って、切らないで』
「兆、ちょっと口挟むななのだ」
ぴしゃりと言い放つ佳代に、兆は大人しく口をつぐむ。佳代は促すように片手を差し出してから、見えていないことに気付き、どこかばつが悪そうに口を開いた。
「……続けるのだ」
『おけ。……俺、これからどうすればいいと思う?』
そのトーンはいつもの軽薄なそれではなくて、どこか鉛玉のように重い響きを帯びていて。勝手にしろ、と捨て置くこともできず、佳代は静かに問いかける。
「……話、聞かせてくれなのだ」
『りょ。……俺さ、そこそこ金持ちの家の出身でさ。めちゃくちゃ優秀な兄貴がいんのね。親にはその兄貴といっつも比較されて暮らしてきてさ……俺、兄貴ほどアタマのスペック優秀じゃないし、頑張っても兄貴には届かないし、しんどかったんだよ。兄貴はそんな俺の心情も知らずにヘラヘラ能天気に関わってくるしさ……本当、家に居場所なくて』
「……それで不良になった、というわけなのだな……」
兆もそうだったが、憲太郎も深い事情を抱えていた。やはり不良になるには、それだけの理由があるということなのだろう。わざわざ校則違反をすることも。脳内でブロックを組み立てるように考えを巡らせながら、佳代は口を開く。
「……一般論というか、ありきたりなことしか言えないのが心苦しいのだが、聞いてくれるのだ?」
『あー……まぁ、いいけど。電話越しじゃ殴れないし』
「わかったのだ。ありがとうなのだ」
そう前置きし、佳代はゆっくりと口を開く。暖かい春の風のような、白い綿菓子のような声を唇にのせた。
「……今更できないとは思うが……まずは、家族と話をしてみるのだ。特に、そのお兄さんと。多分、お兄さんは君のことを大切に思っていると思うのだ……じゃなかったら、いちいち関わったりしないと思うのだ」
『……兄貴、なぁ……』
釈然としない声だけれど、それでも重い石を飲み込むような響きがあって。足に
「居場所はたくさんあっても損はないと思うのだ。僕は君を応援するのだっ」
『……あーいかわらず、お人好しだね、佳代ちゃん』
響いたのは呆れたような、それでいて嬉しそうな声。小さく微笑みを吐き出し、佳代は次の言葉を待つ。隣で兆がゆっくりと顔を上げ、スマートフォンを見つめた。それはまるで、光に目を細めるように。
『不良ってのは、そう簡単に辞められるもんじゃないの。裏切り者ーってんで、ボッコボコにボコされる可能性も普通に高いわけよ。だからヤンキー卒業は期待しないでね?』
「えっ、そうだったのだ!?」
「いや当たり前だろ」
しれっと言い放つ兆に、佳代はへなへなと肩を落とす。電話の向こうで憲太郎はけらけらと笑い飛ばし、言い放った。
『けどまぁ、ありがとね佳代ちゃん。なんかちょっと楽になったような、なってないような気がするようなしないような』
「どっちなのだ!?」
『どっちだろ? とにかく、お礼だけは言っとくよ。ありがと佳代ちゃん、じゃーね!』
――軽い音を立てて、通話は一方的に切れた。ゆっくりとスマートフォンを耳から離し、穴が開くほど画面を見つめる。呆れたようにその横顔を見つめ、兆は口を開いた。
「……佳代、お前お人好しがすぎないか?」
「いいや、これも僕の目的のためなのだ! 僕はこう見えて結構ドライなのだ!」
「どこがだよ……俺の話聞いてボロ泣きしたくせに」
「うぅぅうるさいのだっ! それとこれとは別なのだっ!」
ひとしきりわちゃわちゃと両手を振り、佳代は一旦落ち着こうと深く息を吐く。顎に手を当て、考えを巡らすように口を開いた。
「……しかしいかんせん、なのだ。正直これは大幅に方向転換する必要が出てきたのだぞ……やはり何の理由もなく校則違反するやつなんていないと思うのだよな……」
「いや、ノリで校則違反してるやつも結構いると思うぞ?」
「そうじゃないやつもいるのだ。そしてそうじゃないやつこそ、手に負えないと思うのだ。……何か名案はないだろうか、なのだ……」
「そう簡単に捻りだせるものでもないだろ。っと、飯できたぞ」
ふと降ってきた声に顔を上げると、ウェイターじみたポーズで片手に盆を載せている舜の姿。彼は皿をダイニングのテーブルに置きつつ、口を開いた。
「一人で考えても仕方ない。今度、風紀委員全員で話してみたらどうだ? もちろんスケジュールが合えばの話だが」
「む、その通りなのだ。ありがとうなのだ」
にぱっと夜明けのように微笑みつつ、佳代は立ち上がる。ダイニングへと向かっていく足取りはひどく無邪気で……兆はその背を視線だけで追いながら、太陽を見上げるかのように三白眼を細めるのだった。
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