第15話 遂にわかってくれたのだぁ!?

「おはようなのだ! 皆、今日は楽しい楽しい持ち物検査の日なのだー!」

「なにそれ楽しくねーよ!」

「そうだそうだー!」

 朝のホームルームが始まる直前。鮮やかな白の夏服に身を包み、佳代は教壇に立って大きく手を広げた。刹那、主に憲太郎と国近から飛んでくるブーイング。しかし佳代はそんな二人をズビシッと指さし、堂々と口を開く。

「何を言うのだ。持ち物検査は楽しいのだ」

「楽しいの勘解由小路氏だけな可能性大」

「やかましいのだ」

 銀髪黒マスクこと霧島きりしまえんじゅがジト目で佳代を見つめる。昇龍二高では風紀委員は1クラスにつき1名しか選出されず、全員分の持ち物検査を1人で行うには無理がある。というわけで8クラス中4クラスの風紀委員が同時に1クラスを担当することに決議された。

「それでは清井きよいくん、三國みくにくん、名簿後半の方を頼むのだ。霧島くんは僕と二人で前半なのだ。まずは名簿1番、阿加井あかい! 君からなのだ!」

 話題を乱暴にぶった切り、佳代は阿加井の机に歩み寄った。満面の笑みを浮かべて彼を見つめ、こくりと首を傾げる。

「それでは鞄の中身、見ていいのだ?」

「は? 嫌だし」

「即答なのだ!?」

「勘解由小路氏、それ当たり前」

 冷静なえんじゅのツッコミに、大きく頷く阿加井。ブロックが入った髪の後ろで腕を組み、ブーイングをするように言い放つ。

「わざわざ見せるとかマジないわー。プライバシーって言葉知らねぇの? 一高生」

「一高は関係ないのだ。それに誰も見てないからって信号無視をする理由にはならないのだ」

「それとも何、見せられないものでもある系?」

「は、はぁ!?」

 銀髪の下の瞳をすっと細め、えんじゅは問う。黒マスクの下の口元は見えないが、きっと煽るように微笑んでいることだろう。対し、阿加井はガタンッと音を立てて飛び退いた。後ろの席の石ノ森が冷めた視線を彼に突き刺す中、阿加井は派手に両手を振る。

「い、いやいやいや、何もねぇからな!? トレーディングカードゲームなんて持ってきてねえからな!? ましてやバト〇ピとかデュ〇マとかヴァン〇ードとか持ってきてるわけねーだろ!?」

「……墓穴乙」

「はっ!」

 あんまりにもペラペラと話されて、思わず呟いてしまうえんじゅ。佳代はしばし呆然としていたが、ふと机の横にかけられた鞄を手に取り、容赦なくファスナーを開けた。置き勉をしているのか、教材類はほとんど入っていない鞄。容赦なく机の上にひっくり返すと、大量のトレーディングカードゲームのデッキが机に叩きつけられた。そのうちの一つを何気なく手に取り、えんじゅはもう一段階目を細めた。透明なケースに入れられたそれは、ヴァ〇ガードのデッキ。愛らしい人魚のイラストが描かれたそれは、どう見ても。

「……バ〇ューダトライアングル……」

「ああああああああああッ! ごめんなさい顔で選びましたああああああッ!!」

「ああああああああああッ! 兄貴の部屋からこっそり盗みましたッ!!」

 ――同時に絶叫が響いた。美少女デッキを見られて断末魔を上げる阿加井と、反対側の席でエロ本を見られて絶叫を上げる渡部。悲鳴の二重奏に、クラスの空気が一気に冷え込んでゆく。流石にやりすぎだろ、と頭を抱える兆。

「……やべぇ……性癖バレる呪いかかってる……」

「今年の風紀委員恐るべし……」

「はーっはっはっは! 不要物を持ってくるからこうなるのだ! 自衛には気を配るがよいのだーっ!」

「……自爆乙」

 悪役の如き決め台詞を吐き、佳代とえんじゅは石ノ森に歩み寄る。彼は頬杖をついていた手を離し、観念したように鞄を差し出した。

「言っとくが、変なものは入ってねえからな」

「ふむ……では、失礼するのだ」

 そう前置きし、鞄のファスナーを開ける佳代。中を覗き込むが、石ノ森の言葉通り特に変なものは入っていない……と思いきや、えんじゅがピンク色の布に包まれた小さな箱を取り出す。

「……小学生用の弁当箱?」

「なのだ?」

「……しまった、妹の弁当箱間違えて持ってきたみたいだ……」

 ばつが悪そうに俯く石ノ森に、槐は小さく息を吐く。口を開きかけて――遠くの席で椅子を蹴立てる音が響いた。弾かれたように顔を上げると、赤茶色の髪をした体格のいい男子生徒が彼を見つめている。

「石ノ森、お前妹いたのか!」

「うるせえぞ八手」

 バッサリと切り捨て、石ノ森は鞄をひったくる。深く溜め息を吐き、困ったように口を開いた。

「……あとで親に連絡しないとな……はぁ」



「さーて! 次は上原かんばら、君の番なのだー!」

「……」

 目を逸らすえんじゅの横で、佳代はてらてらと輝く笑顔で憲太郎に詰め寄る。対し、彼は派手な金髪を揺らし、相変わらずカラコンが入った緑の瞳で彼を見上げた。呆れたように頬を掻き、嘲笑うように言い放つ。

「いいよー。堂々と見ちゃってー」

「……本当におけ?」

「いいからいいから。佳代ちゃん……と、誰だっけ? 霧ちゃん? 俺は特に見られて困るの持ってないからさ、どんどん見ちゃって」

「……りょ、了解なのだ」

 妙に素直な憲太郎だけれど、その口元には余裕の笑みが浮かんでいて。首筋にちりつくような感覚を覚えつつ、佳代はスクールバッグのファスナーを開け、中身を検分する。教科書、ノート、ワーク、筆記用具、財布。スマホ……は許容範囲として、その他の不要物が一切ない。

「……マ?」

「ま、ま、まさか上原……」

 派手な音を立て、シンプルなスクールバッグが机に落ちる。わなわなと震える佳代の指先を眺め、憲太郎はきょとんと首を傾げた。えんじゅの冷ややかな視線が刺さる中、佳代はバッと顔を上げた。その瞳に真昼の太陽のような輝きが宿る。

「つ、遂にわかってくれたのだぁ!?」

「……ほえ?」

「よかったのだ、わかってくれたのだぁ! やっぱりスマートにやりたいよな、なのだ! 流石は上原くん、わかってくれるって信じてたのだ……!」

「そ、そそそ、そーそー! 俺もようやくわかったわけですよー」

「ウソつけぇ!!」

 ――ほんわかしかけた空気を、炎を纏った拳のようなハスキーボイスが殴り飛ばした。はっとして振り返ると、赤メッシュの入った黒髪の少年――国近の鋭い視線。大きな瞳は憎々しげな光を宿し、憲太郎を睨んでいる。

「俺、見たぞ。上原が佐々木に金渡して、不要物っぽい漫画とかゲームとか、佐々木の鞄に放り込んでるとこ」

「っ!?」

 弾かれたように憲太郎に視線を向けると、彼はめんどくさそうに頬杖をついていた。むっと口を尖らせ、国近に反論する。

「はーぁ? そんなことしてねーし」

「いいや、してたね。俺見てたぞ」

「濡れ衣着せんのもいい加減にしろよ国近。ふざけんなよ」

 二人の声のトーンが徐々に冷え切ってゆく。佳代は慌てて二人の言い争いに口を挟もうとして、えんじゅに口を塞がれた。はっとしてそちらに目を向けると、彼は静かに首を横に振る。さらさらの銀髪が静かに揺れた。見かねたのか、遠くの席から兆が歩み寄ってくる。大股で国近に近づき、言い放つ。

「お前ら、いい加減にしろッ! 圭史さんに迷惑かけるような真似――」

「シャラップ、キザッシー」

 ひどく静かな声が教室を震わせた。憲太郎の緑色の目は夜の闇のような光を湛えていて、兆は思わず身をすくませる。彼は重い音を立てて立ち上がり、暗い瞳で国近を睨みつける。


「――覚えとけよクズ」

「ハッ、上等じゃねーか。本当のクズはどっちだかな」


 捨て台詞を吐き、憲太郎は隣の席の佐々木の鞄をひったくった。自分のものと思われる私物を机に並べ、子供のようにそっぽを向く。深く溜め息を吐き、佳代は漫画やゲーム機の数々を検分した。とりあえず回収し、ズビシッと彼を指さして言い放つ。

「……変な期待させるななのだッ! 持ってきたなら持ってきたってはっきり言うのだ! あまつさえ同級生に濡れ衣着せるとか最低なのだッ! 次はないのだぞッ!」

「へいへい……」

 面倒そうに机に突っ伏し、憲太郎はそのまま寝息を立て始めた。肩をすくめ、佳代とえんじゅは次の生徒の持ち物検査へと向かう。

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