第24話 王都での密会




「うわ~~っ、城壁が大きいなって思ってたけど、中も凄く広いんだねぇ。最初の街とは、規模が全然違うや。

 凄いねぇ……お城はどこに建ってるの、央ちゃん?」

「お城は上層で、ちゃんと王様もいるよ。ミッションで何度か会った事あるな、確か」

「私達は何度も来た事あるよね、パパにくっ付いて。それで今からどうするの、パパ?」


 もちろん、するべき事はたくさんある。あり過ぎる程だ、ちょっと混乱する程度には。メイの質問に答えようと、央佳はしばし宙に目を遣り思考する。

 しかし、出て来た台詞は彼にも理解不能な言葉だった。


「…………宴会かな、皆を集めて酒が飲みたい」

「それじゃお酒とか買って来るね、パパ!」

「メイちゃん、お待ちなさい!」


 しゅたっと手を上げて、街並みの商店に特攻掛けようとする次女を、素早く捕獲する祥果さん。央佳は実は、そんなに酒が好きでは無い。

 嗜む程度だ、しかも家飲みが圧倒的に多い。


 その上、ほとんど独りでは飲む事は無い。友達とお金を掛けずに、騒ぎたい時の1アイテムに過ぎない訳だ。つまり翻訳すると、そう言う事なのだ。

 祥果さんは順を追って、子供達にそう説明する。


「えっと、つまりは……みんなで騒いで楽しみたいって事ですか、祥果さん?」

「そうだね、ルカちゃん……さっきギルドの人を呼んだって言ってたから、家族の私達は料理を作ったりおもてなしをしたり、精一杯宴会の準備をしないといけません!」


 イケナイって事は無いが、祥果さんはその手の家パーティはとことん凝るタイプ。おつまみはピザとかポテチでいいよと言う、圧倒的な男共の言葉には耳すら貸さず。

 ものの数十分で、何品もつまむモノを作ってしまう手際の良さ。しかもお金をほとんど掛けずにだ、本当に良く出来た嫁さんだと央佳は心から思う。ただし子供達まで巻き込むとなると、どうなるかちょっと心配。

 まぁいいか、目的が出来てみんな張り切ってるし。


 王都に着くちょっと前に、央佳がギルマスに連絡を取ったのは本当で。新しいメンバーを皆に紹介する場を作るねと、ここまで祥果さんに喋ってしまった事もあって。

 つまりはそう言う理屈らしい、央佳の酒が飲みたいとの台詞せりふも含めて。まぁ、確かにギルメンと会うのも久し振りではあるし、皆と打ち解けて話がしたいと願っていたのも本当。

 そんな願望が、恐らく言葉となって飛び出したのだろう。


 祥果さんの熱は、どうやら子供達にも簡単に飛び火した様子。色々買い物しなくちゃと、準備の軍資金を催促するしっかり者の奥さんに。

 雪の街でのクエストで、幸運にも得たお金を半分渡して思い出す。そうだ、あの時の冒険者にも渡りをつけて、クエスト報酬と落し物を返さなくては。

 郵送には手数料が掛かって、ちょっと勿体無いと躊躇ためらっていたのだ。


 運良く彼女と通信が繋がったのは、つい先日の事だった。交通の便の良い王都に、到着したら伝言するとメールで伝えて。それを思い出し伝言を飛ばすが、向こうの返事は来るのに少し時間が掛かるとの事。

 ギルマスのマオウも、忙しいのは同じらしい。ギルド会話ではギルド領の館に集合との呼び声が、派手にあちこちから掛かっているけれど。

 新しいメンバーが増えるにあたって、ギルド内の面々もテンションが上がっている模様。とは言え、3大陸に渡って散り散りのメンツが、1か所に集合するのはそれなりに大変で。

 その仕切りに、少し時間が必要みたい。


 どっちが先に着くかなと、いつの間にか孤立してしまって暇を持て余す央佳。祥果さんは子供達を伴って、既に買い物へと出掛けてしまっていた。

 ネネちゃんだけはお願いねと、相変わらず四女は央佳の腕の中。その幼女だが、立派な建物群にも人並みにも全く物怖じしていない。この子が嫌なのは、孤独と知らない人だけっぽい。

 少なくとも、父親の腕の中では安穏としていられる様子だ。


 変な方向に思考が働いていたので、無意識にレンタル部屋へと足が向いてしまっていた。考え事をするのに、静かな環境を求めていたのかも。

 そうだ、アンリの装備の事も考えないといけないし、みんなの後付けジョブの事も始末してしまわないと。いやいやその前に、この地での大事なワープ拠点通しがあったっけ。

 本当にやる事が一杯だ、宴会など企画している場合だろうか?


 いやいや、宴会にはそれなりに重要性があるのも本当で。皆で集まって飲み食いする場は、バーチャゲーム内では全く必要ない様に感じるかもだが。

 このファンスカでは、カルマシステムが常にプレイヤーを縛り付けている。初対面の者同士、その数値を上げるには一緒にご飯を食べるのが一番手っ取り早いのだ。

 お酒を含めて、人間関係形成の大切な場なのだ。


『さてさて、お返事をお伺いしに参りましたよ、名のあるS級冒険者さん。いやしかし、これだけの金額になると利子だけで大変なのは自明の理。分かりました、そこまで仰るなら次善の策をお伝えしましょう……。

 あなたには3つの街を廻って、3つの秘宝を探し出して頂きたい。それはどれも、何物にも代え難い逸品ではありますが。残念ながら、3つ全て揃わないとガラクタ同然なのです。

 さて、それではその秘宝がある3つの街ですが――』

「おわっ、マジか……!?」

「父っちゃ、やっつける……?」


 これはクエを告げに来たNPCメッセンジャーだから、やっつけちゃ駄目だ。もっとも、ネネから見たら不審人物以外の何物でもないのだろうが。

 滔々とうとうとしゃべり続ける、この紳士の名前は何だったか。


 おおっと、タゲれば分かるんだった、グランドル伯爵と言うらしい。どこかの領主だと言う設定だった筈だ、完全には覚えていないけれど。

 どうやら借金返済クエが、こんな形で始まってしまったらしい。


 何もこんな忙しい時でなくてもと、央佳は恨みがましい目を伯爵に向けるけれど。そもそも自分がレンタル部屋の敷地に足を踏み入れたせいだと、今更ながら気付いてしまい。

 クエの内容と、行くべき街の名前くらいは覚えておくべきかと思ったのだが。3つ目に語られたその街の名に、今季最大の驚愕の声を発して、ネネを驚かせてしまった。

 バツの悪い思いをしつつ、しかし心情はマジかこの能天気伯爵めのリフレイン。


 人の弱みに付け込みやがってと、内心でNPCに盛大に毒づいて。しかし難易度の高いクエを受理してしまった、個人の力でどうにかなるのだろうか?

 その代わりと言ってはアレだが、クエを受理した事でようやくレンタル部屋の差し押さえが解禁されたよう。久し振りに中に入って、自分の個室を堪能して廻る。

 久し振りに感じる、自分だけの空間にウットリ。


 実際には、ネネがそこら中を引っ掻き回して遊んでいるが。しかも戻って来たのは、この部屋だけである。つまり荷物もお金も、未だに引き出し不可と言う訳だ。

 それでもポストが使えるようになっただけマシ、取り敢えずそれで満足しよう。


 考えてみたら、こんな解放感は久し振りな気も。結婚して以来、個室でのんびりする機会など、ほとんど無かった訳だから。最高の贅沢だ、まぁネネが同伴してるけど。

 そんな気分に浸っていると、邪魔をするように伝言が入って来た。“落し物”のアルカが、やっと王都に辿り着いたらしい。今丁度、レンタル部屋の前にいるそうだ。

 追加でもう一人、会わせたい人がいるとも。



「やあっ、あの時は済まなかったな……クエの依頼主の私が、1人で先に死んでしまって。蘇生先を、うっかりメインで活動中の街に指定したままだったからさ。

 あの後あんたが、奴らを全滅させたって本当なのか?」

「まぁね、こっちには信頼出来る娘達がついてるから……。それよりホラ、君の落とした籠手とクエスト報酬……娘と自分とで3等分にして、そっちは10万でいいかな?」

「いやいや、私は実質働いてないから! 籠手だけ有り難く返して貰うよ、本当に済まなかったな……それより、さっき話した紹介したい人なんだけど」

「初めまして、エストって言います……子供、可愛いですね?」


 アルカの後ろに控えていた女性は、光属性で装備からして術者のようだった。どんな仲なのか、話の内容が何なのか、詳しい事は一切聞いていない央佳。

 またまた頼み事らしいのだが、下手な事態にはこれ以上巻き込まれたくなどない。はっきり断るのを前提に、手早く済ませようと話を促すのだが。

 他人には聞かれたくないと、喫茶店の個室を指定する“炎斬えんざん”のアルカ。


 こっちも暇じゃないと断りを入れるのだが、向こうも絶対お得な内容だからと引かない構え。仕方なく一緒に同行、ネネがいて良かったと、こんな奇妙な状況ゆえに安堵する。

 女性と個室へ同伴などして、祥果さんの耳に入ったら折檻モノだ。


 街の喫茶店は、お茶や軽食を楽しむ機能もそうだが、実は会話の漏れない個室が漏れなく付いている。おいそれとレンタル部屋に同伴は、信頼度の関係で出来ない事が多いからだ。

 だから他人との密談用に、皆が使用すると言う訳だ。


 向かう道中で、央佳は2人の関係を聞き及んだのだが。どうやらギルド仲間では無くフレ同士らしい、しかも信頼度500以上と言うかなりの親密度。

 そんな2人が、何を企んでいると言うのだろう?


「ぶっちゃけ、信頼出来てある程度戦力になる相棒を探してる……いや、相棒になってくれそうな人をかな? 謎解きが得意なら尚良し、つまりは一緒に内密に、ミッションに挑んでくれる仲間をね。

 ちなみに、定員は1パーティを考えてる」

「私達が今2人だから、あと4人程ですね……集まり次第、はやく皆で進めたいですねぇ」

「残念だが、こっちも難関なクエストを現在抱えていてね……向こうに指定された3つの街を廻らないといけないから、正直終わる時期を限定出来ない。

 余程、食指が動く話で無いと……」


 央佳はこんな面倒な頼まれごとの時には、正攻法で行く事にしている。だから正直にこちらの内情を話して、申し訳なさを前面に押し出して断りを入れる。

 こっちはこっちの仕事を抱えているのだ、食い下がられてもどうしようもない。しかし央佳の膝上のネネは、全く別な感情を抱いた様子。

 パフェが美味しくないと、父親に不満顔。


「確かに、尤もな答えですね……アルカが貴方を、信頼出来そうな人だと推薦するモノで。私達の信念と言うか、まぁ皆がやってる事ですが。

 重大な秘密情報を仕入れた時には、余り拡散しない様に人数を絞る。つまりは、少人数で事を進めるのも重要な配慮です」

「私たちが所属してる、ギルド仲間を誘う事ももちろん考えたんだけどね……ノリの軽い連中ばかりなんだよ、雑談相手には良いんだけど。

 少しくらい待つから、是非参加してくれないかい?」

「いや、待たせるのも悪いし、こっちはコブ付き奥さん同伴が条件だから……つまり、間違っても俺に秘密情報の内容は語らないでくれ。

 ……ネネ、もう食べないのかい?」

「おいしくない……祥ちゃのご飯がたべたい!」


 ネネが良い具合にぐずり出したので、これを機にと央佳は退散を告げる。向こうが持つ秘密情報の内容は、まぁ気にならないと言ったら嘘になるけど。

 生憎、そんな事態に関わってる暇など無い。


 アルカは多少慌てた素振りを見せるものの、その友達は落ち着いた表情を崩さない。最後に質問させてくれと、央佳のギルドの新種族ミッションの進行具合を尋ねて来る。

 ……おっと、つまりはそう言う事なのか?





「エストも言ったけど、6人揃うまでは待つつもりだよ。それまでもう少し、考えておいてくれないかな?」






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