集いし黄道
第37話 目覚める
(……痛たた)
戦いの中意識を失い、眠りについていたリンは、背中に感じた痛みで目を覚ます。
が、目覚めたのは意識だけで、肝心の瞼は開こうにも、重くて中々開かない。
(どれぐらい寝てたんだろう……? でもなんか 凄く気持ち良い気がする)
それは背中を優しく包み込む感触と、上に被さる柔らかな温もりがリンに安眠をもたらし、そう感じさせていた。
(もしかしなくてもこれって……ベッド?)
リンは正体に気づき、そして漸く瞼が微かに開く。
眩しさを感じたのは、目を覚ますのが久方ぶりだからという理由と、窓から差し込む日差しからであり、眠りという暗闇から解放された事を意味していた。
「──あれ?」
目に飛び込む見慣れた景色に困惑する。何故ならここは、前にもリンがお世話になった事のある、サンサイドの『医務室』だったからだ。
「僕は確か……敵の拠点に侵入して──」
敵の幹部であるキャンサーと戦い、相棒であるバトラーを庇った。そこまでをリンは自力で思い出せた。
そこからの記憶を辿ろうとした瞬間、ベッドと部屋を遮っていたカーテンを、突如として勢い良く開けられた。
「……」
「え……誰?」
リンの記憶には存在しない謎の存在。顔は兜で覆われ確認出来ず、無言で立ったままじっとリンを見る黄金の鎧。
暫くすれば口を開くかとリンは考えていたが、五分は経過したというのに、カーテンを開けるだけ開けて、ただ無言を貫き通していた。
「……」
(どうしよう もしかして逃げた方が良かったり?)
「目が覚めたのね 安心したわ〜」
膠着状態がいつまで続くのだろうかと懸念していると、助け舟を出すかの如く、少し医務室を離れていたアリエスが姿を現す。
「もう! リン君が起きてたらすぐに知らせてって 私言ったと思うんですけど〜?」
六尺はあるであろう厳つい鎧の体格が、五尺三寸程の体格のアリエスに怒られながら頭を下げている。
かなり異質な光景に、リンは何がなんだか分からなかった。
「ちょっと質問ね リン君はどこまで覚えてる?」
「ええと……キャンサーと戦ったあたりなら」
「記憶障害は無し……ふむふむ正常ね」
リン用のカルテに書き記しながら、アリエスは机の引き出しから薬を取り出し、あれやこれやと見繕う。
「まずは痛み止めの薬ね コッチの薬と一緒に朝昼晩で合計六錠飲む事 それからコッチは試作品なんだけど──」
「えっと……アリエスちゃん? 何がなんだか分かんないんだけど」
「でも良かったわ〜 お姉さんこのまま起きないんじゃって心配してたのよ〜?」
「ちょっと待ってくださいアリエスちゃん! 先にお話よろしいでしょうか!?」
今自分が置かれている状況下の説明が欲しいと、笑顔で薬の押し付けをしてくるアリエスを制止し、リンは戦いの顛末を問いただす。
「教えて……戦いはどうなったの?」
「──落ち着いて聞いてね」
アリエスの笑顔が消える。先程までの穏やかな雰囲気は陰り、憂いの表情を浮かべるアリエスを見て、リンは息を呑んだ。
「リン君が参加した戦いから──もう十年が過ぎたのよ」
「……十年?」
言葉が出なかった。まさかそんな筈とリンは驚く。
が、何故か無言のまま、一番動揺していたのは黄金の鎧だった。
「遊撃兵士団と合流して私達は辛うじて勝利したの……そして施設の中に入ると そこには倒れた貴方を必死に呼びかけるバトラー君がいたのよ」
「アリエスちゃん全然老けてないけど若作り?」
「フフフ……続けるわよぉ?」
青筋を立てながらのアリエスの凄みに気押されて、リンは首を赤べこの如く頷く。
「おほん──色々な薬や魔法を試みても貴方は目覚めなかった けど生きてる限り可能性はあった そして十年後の今日がその日だったのよ」
あまりにも信じ難い現実に、頭の中が真っ白になる。とてもではないが受け入れられなかった。
キャンサーとの戦いも、背中に残った痛みも、リンはまるで昨日の出来事かのように鮮明に映っているというのに、これらは全て十年前の出来事だと言われたのだ。
「でも安心して! この薬を飲めば嫌な気分なんて吹っ飛んで──」
「怪我人からかうなよアリエスちゃん」
怪しげな薬を処方せんとするアリエスの頭を小突き、繰り広げられていた茶番を断ち切ったのはピスケスであった。
「やーん! ピスケスさんが女の子に手を上げたわ!」
「そりゃある事ない事吹き込んでたら止めんでしょ 普通」
違和感の真実が分かり、リンは胸を撫で下ろす。よくよく考えたら十年経っても背中の痛みが残っているのはおかしいのだ。
「嘘でよかった〜」
「十年ぶりの目覚めってのはな 他はまあ概ねアリエスちゃんの言う通りさね」
本当に寝ていたのは三日である。キャンサーとの戦いによる負傷と、そこに至るまでの連戦により限界を迎えた身体が、それだけの日数を眠らせていたのだ。
「助けたのは金ピカで眩しい鎧のこの人──遊撃兵団長『牡牛座のタウロス』だ どうもリブラの妨害を受けてたみたいでな オレらとの合流が遅れはしたが……ここに関しちゃあ不幸中の幸いだったな」
敵の指揮官相当の相手が見当たらなかった事を不審に思ったタウロスは、指示を出す幹部は施設内にいると睨み、単独で潜入を試みたのだ。
もし、あの場でタウロスが乱入が無ければ、キャンサーに殺されていたのは間違い無いだろう。
「命の恩人なんだね ありがとう」
「……」
相変わらずタウロスは言葉を発さず、ただ頷いて反応を示す。
「タウロスさんは恥ずかしがり屋さんなの〜 だから慣れるまでしっかり接してあげてね〜」
リンが不思議に思っていると、アリエスがその疑問に答えてくれた。
それは仕方ないとリンは納得し、笑顔を向けてタウロスへ手を差し出す。
「僕は前衛兵士団だけど きっと一緒になる機会も多いよね? これからもよろしく」
突然の事でタウロスは慌ててしまうが、一度胸に手を置き、深く深呼吸をし、少しを間を置いてリンに応える。
相変わらず兜で顔は見えないが、リンは全く気に留めず、少しだけ近づけた親睦に満足していた。
「まあ待て オレは見舞いだけで来たわけじゃあねえだ お前……っとバトラーに大事な話だ」
すると、二人の様子を見ていたピスケスが口を開く。
「先ずは……おめでとうリン・ド・ヴルム"上等兵" 今回の戦いぶりが評価されて 相棒共々昇格だ」
戦場での活躍から、リンとバトラーの二人は一等兵からの昇格が確定した。
星の力を持つリブラとキャンサーを相手に立ち向かい、九賢者が来るまでの時間稼いで見せた事、そして生還して見せた悪運の強さが高く評価されたのだ。
「それから報告はもう一つ お前らは──"異動"だ 今後は遊撃兵士団の世話になんな」
もう一つは所属の異動である。
元々お試しでの入団という事もあり、ピスケスに任せられていたが、二人の居場所は
「お前らの落ち度でとかじゃあないから安心しな 寧ろオレとしては手放すのは惜しいと思ってんだぜ?」
だがこれも二人を想っての采配である。
リンの戦闘能力は確かに前衛向きではあるが、真価を発揮するにはバトラーの存在は不可欠である。
そうなると、主に少人数での活動が多い遊撃兵士団で戦う方が、身動きが取りやすくなるのだ。
「んじゃあ 詳しい話とかは改めて団長に訊いてくれや よろしく頼みますよ
「姐さん……?」
「ほらタウロスさん 彼はもう自分の部下になったんですから 兜脱いで挨拶しましょうね?」
タウロスは戸惑った様子で、兜を脱ぐのを拒んでいたのだが、最後は渋々と兜を脱いだ。
「お前達を預かる事となった……『タウロス・アルバ・ユーピテル』……だ……よろしく」
女性だと気づいていなかったリンは、正直に口にする。
「──めっちゃ美人」
聞くや否や、タウロスは即座に兜を被り直した。
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