第22話 想い人
(明日は……負けられません!)
負けられないとは、デートの事である。
デート前日の夜。姫であるスピカは、街に出ても騒ぎにならない格好を見繕っていた。
(……どうすれば良いのでしょう?)
だが、これっぽっちも浮かばなかった。
「鎧は着込んでた方が……でも動きやすさを重視すると軽装で……」
目線が完全に戦場へ行く軍人のソレであるが、誰も指摘をしてくれない。
まさか彼女がデートの内容を誤解しているとは思っていなかったからだ。
「……そういえばリン様は"遊び"だと仰っていました」
二人だけで遊びに行く。それがデートなのだと言っていた。
そしてスピカは他の九賢者達に訊ねた時、"楽しむ"事だと言っていたのを思い出す。
(つまりデートとは……"試合"なのですね!)
戦いから頭が離れなかった。
(二人だけだというのも"決闘"だから……他言無用なのは真剣勝負だから "楽しむ"というのは"気を抜いて挑め"という激励の言葉だったのですね!)
前提条件が"戦い"から離れなかった結果、行き着いた結論がこれである。
「皆さんありがとうございます……リン様の真摯な想いに応えて見せましょう」
間違いは修正される事は無く、このままでは完全武装した状態でデートの日を迎えてしまう。
打つ手無しかと思われる状況。扉を叩く来訪者の手によって救われる事となった。
「……何方でしょう?」
部屋の扉を叩く音。今日はもう誰かと会う予定は無い。
「──こんばんわ姫様 お時間よろしいでしょうか?」
「まあ……っ!」
声を聞き、直ぐに扉を開けた。
その相手はデートの相手である、リン・ド・ヴルムであった。
「どうしたのですかこのような時間に?」
「明日が楽しみすぎて……貴女の御顔を一目見たいと思った次第です」
「成る程……敵情視察ですね!」
「違います」
漸く間違いを正される。もしやと思っていたリンはこの為と、予定の打ち合わせの為にやって来たのである。
「でもどうやってここまで?」
リンがこの国の兵士といえど、易々と姫の部屋まで来れるとは思えない。
いかにして辿り着いたのか、その疑問にリンは答える。
「姫様に逢わせて……って言ったらそりゃあもう見張りに怒られましたがね? 偶々通りかかったタリウスに"無害だから大丈夫"ってお墨付き貰いまして」
無謀にも正面突破である。
当然ながら止められたが、リンの言うように、九賢者の一人であるタリウスは何となく事情を察していた為、話をつけてくれていたのだ。
「さあどうぞ中へ! 今ハーブティーを淹れますね!」
「姫様に淹れてもらうなんて失礼……いや ここで断る方が失礼ですかね?」
「構いませんよ 私達は "友達"なのですから」
今は想いが伝わらなくて良いと、だからリンはスピカと友達として側に居たいと言った。
スピカもその想いに応えた。そして友達として、デートをしたいと言うリンの願いを叶えてくれたのだ。
「ではこれより! 明日のデートのおさらいをはじめます!」
「はい! リン様!」
「そして出来ればその……"リン君"と呼んでいただければ」
親しくなる為の第一歩として、先ずは呼び方から近づこうと考えていた。
「そうでしたね──リン君!」
(かわいい)
単純に自分の為でもあるが。
「では僕も遠慮なくスピ……スピ……」
そして自分は、馴れ馴れしく"スピカちゃん"と呼びたい。
そんな欲望に駆られるのだが、いざそう呼ぼうとすると、リンは恥ずかしさから尻込みしてしまう。
「……コッチは要練習として 姫様にプレゼントがございます」
勇気が持てず今回は保留にしたリンは、用意していた箱をスピカに手渡す。
渡されたのは長方形の箱。スピカは中身を開けてみる、
「"眼鏡"……ですか?」
「変装道具さ 街で騒ぎにならないようにね」
「丁度どうしようか迷っていたのです! ありがとうございます!」
(すごくかわいい)
早速掛けてはしゃぐスピカの姿を見て、様々な言葉を脳裏を過ぎるが、最終的にはその一言に収束した。
「あとはフードでも被ってればバレないかな……髪に触れても?」
リンはまじまじとスピカを見つめ、他にどうするか考えると"髪型"に注目する。
「──綺麗な髪ですね」
「フフッ……ありがとうございます」
「もし宜しければ……髪型を変えても良いでしょうか?」
長く下ろした桃色の美しい髪。一目見れば誰もが釘づけとなってしまうだろう。
一応フードを被って貰えば隠れはするが、このままでは気づかれてしまうかも知れない。
「切ってしまいましょうか?」
「そんなとんでもない勿体ないですよ! そうですね……三つ編みにでもしましょうか?」
そして始まったリンによって、変装の為のヘアアレンジが始まった。
「お上手ですね?」
リンは慣れた手つきで髪を編んでいく。
「小さい時によくやってたんです」
「姉妹が居られたのですか?」
「ううん──"孤児院の仲間"」
リンには両親の記憶は無い。物心ついた頃には孤児院で暮らしていた。
だから唯一家族と呼べるのは、幼い頃に育った孤児院の仲間達だけである。
「人と関わるのが苦手でね いつも一人で遊んでたっけ」
そんな時に、手先が器用だと気づかせてくれた子が居た。
「その方はもしかして……」
「ご明察 バトラーさ」
バトラーは一人で遊ぶリンを気にかけ、皆と一緒に遊ぶきっかけを与えてくれた。
「自慢じゃ無いけど魔法以外はなんでも出来たんだ 男の子とは外で騎士の真似事 女の子とは中でおまま事をしてたんだ」
色々な事を知っているバトラーと、色々な事が出来るリンは直ぐに打ち解け合い、そして旅に出る。
「他の子達は引き取られていったんだけど……何故か僕達だけ残ってね 最後は自分から出ていったんだ」
二人は自由を求めて旅に出た。
まだ見ぬ世界を見る為、もっと知らない事を知る為に。
「とっても大切なんですね」
「なんたって自慢の相棒だからね 僕の無茶にも付き合ってくれるし……僕は何も返せてないけど」
改めて、自分は迷惑ばかりかけていのだと自覚するリン。
いつか恩返しをしたいと思うも、リンは何も思いつかないでいるのだ。
「ハイ! 三つ編み終わり!」
「わぁ……可愛いです!」
「気に入って頂けて光栄です」
鏡に映る新鮮な自分を見て、スピカは感激する。
「こういう事は出来るようになったけど……まだ人との接し方が分からなくて そろそろ愛想尽かされるんじゃ無いかってヒヤヒヤしてますよ」
「──そんな事無い筈ですよ」
リンと瞳をじっと見つめ、手と手を重ね合わせる。
互いの温もりを感じる。リンの鼓動は早くなる。
「きっとバトラー様はリン君から"何か"を貰っていますよ だからこそ……ずっと一緒に居られるのです」
いつでもリンを見限ってしまう事は出来たであろう。それこそこの国で一人自由な生活を満喫する事も出来た。
なのに選ばなかった。何故ならその生活以上に、"リンの側に居る事"を選んだのだから。
「自分を信じてください 貴方が私を助けたのは
何もしてあげられないと言うリンに、励ましの言葉を送る。
それが形有るものなのか、それとも"形は無いもの"なのかもしれないが、きっと何かを返しているのだと。
「……恥ずかしいところ見せちゃったな」
「良いんです だって元々はリン君を励ます為なんでよ?」
以前言っていたデートで、弱っていたリンを元気づけようとしたのが今回の件の始まりである。
「これで出かける準備はバッチリです! でも他にも沢山あるのでしょう?」
「勿論です 次は──」
改めて、リンは姫を好きだと想い直す。
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