第20話 落ち込む

「やっぱ慣れないことするもんじゃあねえな」


 氷の九賢者ピスケスに勝負を挑み、アッサリと返り討ちにされたのは昨日の事である。


「流石はオレらの団長様だ 長い物には巻かれろって言葉を思い出せる良い機会だったよホント」


(すっごい小物臭がする)


 怒りで自分から喧嘩をふっかけたバトラーは、医務室のベッドから上半身だけ起こしてそう言う。


「でも残念ね〜貴方達たいした怪我してくれてないから明日で退院しなくちゃいけないのよ〜」


「何か言い回しおかしくないですか?」


 普通ならば良かったと言うところを、残念がるのはどういう意味なのか、問いただすべきなのだろうが直後に答えは本人の口から出された。


「次来る時はもう少し面白そうな怪我してね お姉さん張り切っちゃうから〜」


「医務室勤めの発言とは思えないんですけど」


 こんな変わった人であっても紛う方無き九賢者の一人、木の九賢者『牡羊座のアリエス』だというのだから分からない。


 今までリン達が出会った九賢者は全員が曲者揃いであり、そんな人達が会合する事があればどんな話をするのかは、想像できないだろう。


「でもこんなに早く再会出来たんだもの お姉さん嬉しいわ〜」


「お姉ちゃん……」


「お前の姉ではないぞ」


 バトラーに比べると、怪我の具合が優れず弱っているリンは、弱々しくそう呟く。


 以前出会ってからリンは、アリエスの事を姉として慕うようになってしまっているのだ。


「勘違いしてるみたいだから一応訂正しておくけど私貴方達よりも歳下なのよ? まだ十八だから」


 遠回しに"姉扱いするな"と、二十歳であるリンに忠告する。


 おっとりとした風貌と雰囲気でありながら、結構辛辣な態度で接してくるアリエスであった。


「歳下の……お姉ちゃん?」


「しっかりしろ! 業が深いぞ!」


「私精神面の治療は苦手なのよね〜」


 机の診断書らしき紙に書き出すアリエス。不敵な笑みを浮かべながら、不吉な発言をする。


「今なら好きな薬処方し放題よね……だったらアレとかコレとか飲ませてもバレない筈」


「本人目の前にして凄い度胸だなアンタ」


「ハァ……」


 怪しい薬を処方されかけている当の本人は、上の空で重いため息をつく。


 原因はただ一つ。ピスケスの"姫を護れない"という発言を受けたからである。


「手も足も出なかったら落ち込むわよね〜」


「オブラートに包んであげて!?」


「良いんだバトラー……事実なんだから」


 リンは想像以上にダメージを負っていた。


 突きつけられたのは"力の差"だけでなく、平凡な自分というものを思い知らされた"現実"だからである。


「僕も魔法が使えたら……」


「残念だけどリン君はこの先"魔法を使えない"わ 誰かの力を借りない限り」


 僅かな希望に縋ろうとした時、アリエスは力強く否定した。


 アリエスはリンが魔法を使えない原因を知っているのだ。


「実はリン君の魔力量は平均よりも"多い"のよ でも溜まった魔力を出す手段を持ち合わせていないの」


「それって解消は出来るんすか?」


「無いわ」


 無常にも現実を突きつけ、詳細を語る。


「リン君の身体は謂わば"ただの箱"なの 魔力は沢山有るけど"開けるための蓋が存在しない"から開けようが無いのよ」


「お前の身体そんなことになってたんだな」


「でもこの体質は悪い事ばかりではないの」


 確かにそこだけを聞けば、使い道の無い魔力が溜まっているだけとなるが、実は意外な形で活かされているのだと明かされた。


「リン君の身体能力はとても高いわ 単に才能と片付けられない程度にはね 」


 溜まった魔力は身体を巡り、常にリンの身体能力を底上げしている。


 更にバトラーの付与魔法を受けると、リン自身の魔力と同調し、通常以上の力を発揮させる事も可能であった。


「あれ? もしかしてオレの付与魔法って大した事ないって証明されてない……?」


「フフフッ……」


「なんか言ってくださいよ!?」


 想定外のダメージを受けるバトラーだったか、今は深追いせずにリンの心配をする。


「まあ気にし過ぎるなよな 今回ばかりは相手が悪かったんだし」


「それでも──負けるって悔しいね」


 ただ負けるだけであれば何も感じなかったであろう。リンは戦いに執着していないからだ。


 だがこれから先の戦いで、自分が負ける時は"死"を意味する事だと改めて思い知らされる。


 そして自分が死ねばもう姫を護る事が出来ないのだという事を意味していた。


「好きなだけ落ち込みなさい そのまま落ちるところまで落ちるか──這い上がるのかは貴方の自由よ」


「え……?」


 優しい声色でアリエスは言う。


「貴方がたとえ強くても九賢者には及ば無い……でも貴方は戦うと決めたのなら貫きなさい たとえ"茨の道"であっても」


 それすら出来ないのであれば、諦めるべきであろう。

 圧倒的力の前に屈する程度の想いであればそれこそ、その程度であったのだろう。


「一等兵になったのなら戦闘訓練が増える筈だからもっと強くなれるわ そして安心して怪我をすれば良いわ 私が治してあげるから」


 そっと頭が撫でられ、優しさとともに手の温もりを感じさせる。なにやら含みを感じさせはしたが、励ましの言葉としては充分であろう。


「……ママァ」


「悪化してんじゃねえか!」


「私この歳で母になるのは嫌だわ……」


「フハハハッ! 困り顔のアリエスを見れるのは中々レアではないか!」


 勢い良く扉を開けて入ってきたのは、幼いながらも九賢者として名を連ねる双子の兄弟。


「お前らは……!」


「そう我らは!」


「風を司る双──」


「ここでは静かにね『双子座のデュオスクロイ』」


 名乗ろうとするよりも先に言われてしまうのは、カストルとポルクスだった。


「……アリエスさん酷い」


「……どうやらアリエスには人の心が無いようだ」


「散々な言われようね〜」


 明らかにテンションが下がっているのは、それだけ全力で名乗る事を楽しむ双子から、その機会を奪わってしまったという事である。


(でもあながち間違っても無いような……)


「顔に出てるわよバトラー君?」


「え!?」


「……マヌケが見つかったわね〜?」


 咄嗟に顔に手を当ててしまったのを、アリエスは見逃さない。

 鎌をかけられ、何を考えていかを突き止められてしまったバトラーは、一人青ざめるのだった。


「バトラー君は後で問い詰めるとして……二人ともご用件は?」


「見舞いと昇格祝いだ! "ピスケスにボコられはしたが"一等兵になったと聞いたぞ?」


「"僕達の足元にも及びませんが"おめでとうございます」


 余計な一言と共にクラッカーで祝う双子。素直に喜ぶべきか迷う二人とは裏腹に話は勝手に進む。


「加減した俺達にさえ劣るのだ! 負けたからといって悔しがる必要はないのだぞ?」


「兄様の言う通りです この結末は必然……何もおかしな事は無いのですから」


「トドメ刺しに来たのかこの双子」


「でも大丈夫だよ もう落ち込んでいないからね」


 一度は悩みはしたが、アリエスの言葉で立ち直る事が出来た。


「僕はもう大丈夫……今よりもずっと強くなるから」


「それは安心しました」


 新たに医務室に部屋を訪れるのはリンが想いを寄せる大切な人。


「落ち込んでいると聞いていたので……心配していました」


 双子だけでなく姫もまた、身を案じて足を運んでくれたのだ。


「平気さ いつか九賢者を超える程に強くなるって決めたからね」


 自然と笑みが溢れ、胸にあった不安は綺麗さっぱり消え失せた。

 励ましの言葉はしっかりと届いた。だからこうしてリンは姫とも向き合える。


「でしたら"無理に付き合ってもらう"必要も無いですね」


「どうかしたの?」


「元気になって欲しくて以前約束した"デート"というのを一緒にと思ったのですが……杞憂に終わって本当に良かった」


「酷く落ち込んでいます」


 欲望に従い、励ましが届かなかった事にした。

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