第100話 私とあなたの秘密(エルヴィン)
「アルスランには――わたしが頼みごとをしたの。それで側を離れただけで……その隙に変装して、勝手に出てきてしまったの。だから、彼は少しも悪くないわ」
質素な前掛けをぐっと握りしめ、必死に弁護する彼女を見て。
少しだけアルスランを羨んだ。
「では、神殿は今頃、大変な混乱状態に陥っているのでは? あなたの姿が部屋から消えていたとなれば――」
「ううん、大丈夫。アルスランと侍女のジェシカに急用を頼んで、しばらく部屋には誰も近づけないようお願いしてきたから」
「まさか、二人も知って?」
「ちがう! 二人は何も知らないわ……だから」
ホッと胸を撫で下ろした。
それでなくては困る。
先刻の〈聖見の儀〉で大きな混乱があったばかりなのだ。
万一、イルマルガリータに続き、新しい神妃まで消えたとなれば。
護衛騎士と侍女、彼ら二人の命はないだろう。
(いや……そうか、あるいは)
だからこそ、先ほどの混乱を利用しようと彼女は考えたのか。
様々な思いの中決意したお披露目だったというのに、民衆の心を大きく惑わせてしまった。
その衝撃に打ちひしがれた新しい神妃は、失意のため自室に閉じこもってしまう。
以前、長期間雨が降り続けたあの日々があったのだから、なおさら神殿に務める騎士も侍女たちも疑わないだろう。
しかし、護衛騎士と侍女に頼んだこととは一体――。
「だから、二人を責めたりしないで、お願い……」
双眸に涙を溜めて懇願するフィルメラルナの頭を、エルヴィンは柔らかい動作でポンポンと弾いた。
突然の所作に驚いた彼女は、軽く口を開けたままポカンとしている。
「それでしたら、心配なさらなくても良いでしょう。ただし、城下へは私がお供いたします。それを許可いただけるのでしたら、今日のことは私とあなたの秘密ということに」
単なる好奇心だけでなく、これは運命だと感じるものがあった。
彼女が起こす行動は、きっと何らかの意味を持っている。
今はそれに
困ったようにコクンと頷くフィルメラルナへ向けて微笑を返しながら、そう己に言いきかせた。
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