第63話 壊されてしまった

「おまえは誰だ。俺はおまえのような女など知らん」



 振り返ったフィルメラルナの目には。


 見紛うことなどありようもない、父親の姿が。



「い、今、なんて……」



 耳が拒否をして、うまく聞き取れない。



「ふん、おまえなど見たこともない女だ」


「そ……んな、父さん」



「父さんなどと呼ぶな。知らぬ女に呼ばれる筋合いはない。もとより俺に子供などおらん」



 でも先ほど確かに、自分の愛称を口にしたではないか。


 フィーナと。



「父さん、こんなところに閉じ込められて、きっと混乱してるのよ。早くここから出ないと。それから家に帰ってまたお店を――」


「おまえなど知らんと言っとるだろうが!!」



 鉄の格子から伸ばしたフィルメラルナの腕を、父親グザビエはバシンと打った。


 電気が走ったような衝撃を受け、慌てて引っ込めた腕を見る。



 容赦なく打ち付けられた腕は、暗い場所であっても分かるほど真っ赤になっていた。



「出て行け」


「父……さん」



 大粒の涙が落ちた。


 打たれた腕は、炎に焼かれたように痛い。



「売女め、俺の前に二度と現れるな!!」



 鉄格子を両手で掴み、グザビエは狂犬のように両目をカッと見開いた。


 狂暴な歯をむき出し、残虐な形相で「出て行け、売女!」と何度も何度も怒鳴っている。



 ぎゃはははと笑いながら叫び続ける男は、もはや常人とは思えなかった。


 ましてや、自分の父親だとも。



 恐ろしさと絶望と。


 フィルメラルナは放心してしまったように、震える両足をよろよろと後ろへと引いていった。



(父さんが――)



 壊れてしまった。


 壊されてしまった。



 頭が痛い。


 目の前が真っ暗になり、視界がぐらりと揺れた。



 そして幾ばくの間もなく、意識を手放していた。



 埃だらけのその床に。



 ずたずたに引き裂かれた現実を、敷き詰めたまま。


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