第16話
荒い足取りの陽乃に連れて行かれた先は、隣校舎の人気がない廊下だった。
見渡す限りオレたち以外に人は居ない。
学年校舎の方から渡り廊下を通じて一つの音の塊となった生徒たちの声が響いていくる。
「リクちゃん!」
「はいっ!」
クルリとこちらに振り返った陽乃が、大きな声でオレの名前を口にする。
これは誰がどう見ても怒っている人の雰囲気だ。
「最近彩奈ちゃんと仲いいよね!? どういうこと!?」
「え、あー……」
「それに最近、家に帰ってないよね!? 毎朝リクちゃんの家に迎えに行ってるけど、いないもん!」
「ごめん……。他で泊まっていた」
「他ってどこ? そんな話聞いてないんだけど!?」
凄まじい剣幕で詰め寄られる。
確かにオレが悪いけど、なんか怒り方が異質だ。
普段の陽乃ならここまで感情を剥き出しにして怒らない。
ていうか声を荒げることはない。
オレが狼狽えているのが分かったのだろう、陽乃はハッとしたように目を開いた。
「ごめんね、ちょっと冷静じゃなかったよ。……どこに泊まってたの?」
なんか今の陽乃には言いづらいな。
星宮の家に泊まっていることを……。
でもなるべく陽乃にウソをつきたくない。
オレは口を閉ざし、黙り込んでしまう。
「私に言えないの? 幼馴染なのに?」
「……ごめん」
「そっか……。なら仕方ないね」
まだ納得した様子ではないが、諦めたように陽乃は溜息をついた。
申し訳ないが今は陽乃には何も喋りたくない。
なるべく距離を置きたいのだ。
これで話は終わりだと判断し、オレは歩き始める。
「待ってリクちゃん」
「え?」
「この間、彩奈ちゃんとデートしていたよね?」
「何を言って――――」
「知らなかったなー。二人付き合ってたんだー」
無関心を装う言い方ではあるが、隠しきれない皮肉が漏れていた。
「陽乃。オレと星宮は――――」
「何も聞いてないんだけど? 幼馴染には報告するべきじゃないの? 少し冷たくない?」
「……ごめん。でも付き合ってないぞ」
「一緒に遊ぶ仲なんでしょ? それも二人きりで」
「……」
どう説明したらいいのか分からなくなってきた。
というより混乱している。
何から考えたらいいのだろう。
あの陽乃から尋問紛いを受けて、心と身体が萎縮していた。
今までこんな敵意を向けられたことがない。
「リクちゃんは私以外の女子と話なんてしなかったのにね。ずっと私の後ろをついてきてた」
……陽乃以外の女子には興味なかったからな。
それだけオレは陽乃が大好きなんだ。
――――何があっても私が傍に居てあげるから。だって幼馴染だからね! 私たちはずっと一緒だよ――――。
家族を亡くして呆然としていたオレに、陽乃は優しく言ってくれた。
陽乃が居なければ今のオレは間違いなく存在しない。
幼馴染という存在が、ぽっかりと空いてしまった心を埋めてくれたのだ。
「彩奈ちゃんとはどういう関係? それくらいは教えてくれてもいいんじゃない?」
「星宮とは付き合っていない。これは本当だ」
「ならどうしてデートしていたの!? ううん、それだけじゃない! ここ最近、ずっと仲良さそうにしてるよね!?」
「…………」
どこまで話をしていいのか。
……星宮の家に泊まっていること?
だがそれを言うなら、きっかけを言う必要がある。
そのきっかけとは、オレがコンビニ強盗と向き合ったこと。
もっと言うなら、陽乃に振られたので自殺するために山へ行ったこと。
星宮との関係を説明するなら、これらを打ち明けることになるだろう。
ダメだ、言えない。
オレが自殺を考えていたなんて陽乃が知ったら…………どんな反応をするんだろう。
ただでさえ今の陽乃は何故か不機嫌なんだ、絶対に言えない。
「…………」
「また黙るんだ」
「……ごめん」
ふくれっ面になる陽乃。
「言わないんだ。今まで私に隠し事なんてしたことなかったのに」
「……ごめん」
「もういいっ! さっきから謝ってばっかりじゃん!」
「何怒ってんだよ、陽乃……」
「別に怒ってない!」
陽乃の吐き捨てた声が廊下の硬質な床を這う。
その顔には明らかな怒りが滲んでいた。
興奮から涙目にもなっている。
「陽乃……」
「もうリクちゃんなんて知らないから!」
「――――っ!」
オレに背中を向け、陽乃は歩いていく。
とっさに声をかけようとし、やめた。泣きそうになるくらい胸が痛い。
陽乃を拒絶することも、拒絶されることも辛すぎる。
「……なんなんだよ。意味分かんねえよ、陽乃……」
◯
放課後。未だに陽乃から怒鳴られたことを気にし、立ち直れないでいた。
少しでも気を弛めれば泣きそうになる。オレに見向きもせず教室から出ていく陽乃を見て、視界が滲むほどの痛みを胸に感じた。
この数日間、星宮との生活に夢中になっていたツケが回ってきたのだろうか。
もっと上手く、陽乃と向き合えなかったのかと後悔する。
素直に星宮の家に泊まっていると言えば良かった。
オレが変に黙ってしまったから、陽乃も意味が分からなくて怒ったのだろう。
どう考えてもオレが悪い。
せっかく心配してくれていたのにな……。
「黒峰くん? どうしたの?」
「……星宮?」
天井を見上げている間に近寄ってきていたらしい。
心配そうにオレの顔を覗き込む星宮がそこに居た。
「なにかあった?」
「いや……神のお告げが聞こえてな。天井を眺めていたんだ」
「……」
「……」
星宮が無の表情でジーッと見つめてくる。
実に居心地が悪い!
無言のプレッシャーが一番心に響くんだよなぁ。
「黒峰くん」
「なに……っ!」
おもむろに星宮がオレの両頬を掴んできた。
それから、むにむにと痛くない程度にこねくり回される。
「ほ、ほひみや…?」
「無理しないって、約束しなかった?」
柔らかい微笑を浮かべ、そっとオレの頬から手を離してくれた。
……こちらの心境はお見通しというわけか。
「ごめん」
「うん、よろしいっ」
満足げに頷く星宮。
ちょっと可愛らしかった。
「というわけで黒峰くん。一緒に帰らない? ちょっと寄り道しながらさ」
「……分かった」
断る理由は何一つない。
オレは椅子から立ち上がる。
「彩奈、がんばれー!」
「ちょ、うるさいしっ!」
教室の出入り口付近に立っていた星宮のギャル友達が、茶化すようにイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「黒峰ー、アタシの彩奈をよろしくねー」
「ちょっとカナ! いつから私はカナのものになったの!? それにあたしと黒峰くんは――――」
「よし分かった、星宮はオレに任せろ」
「ちょっ、黒峰くんまで!?」
オレたちに挟まれてオロオロする星宮。
なんだろうな……星宮を見ていると心が安らぐ。
さっきまで胸に満ちていた薄暗い感情は、いつの間にか綺麗に流されていた。
◇
「……リクちゃんと彩奈ちゃん、今日も一緒に帰ってる……」
校舎の影に隠れていた私は、昇降口から出てきた二人を視界に捉える。
息を潜め、校門を通り過ぎる二人の背中をジッと見つめていた。
この数日間、二人はずっと一緒にいた。日を追うごとに親密感が増しているようにも見え、言い表しようのない焦りが私の心を激しく乱していた。このことが原因なのか、夜になっても眠れず、寝不足の日々が続いている。
二人の関係を知るために、あえてリクちゃんに近づかないようにして様子を見守っていたけど…………もう限界だった。
「よし、行こう」
全てを確かめるべく、私はコソコソと二人を追うのだった。
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