第12話

 お互い見つめ合ったまま、ゆっくりと時間が過ぎ去る。


 外からは子供達の楽しげな声が聞こえてきた。この状況、どうしたらいいのだろう。星宮に押し倒され、お互いの吐息がぶつかり合うほど顔を近づけられている。おまけにオレは半裸。星宮が何かしらのアクションを起こしてくれたらオレも動けるのだが、目の前の少女は石像のように固まっている。


 ついにオレは我慢ができず、口を開く。


「……星宮? どいてくれないか?」

「……」


 動いてくれないんですが!

 女の子に乗られた状態は心臓に悪い。ドキドキが止まらんぞ。


「あの……星宮さん?」

「黒峰くんて……」

「え?」

「黒峰くんて……まだ、春風さんのことが好きなの?」

「それは…………」


 なぜ、この状況で聞いてくる?  

 これじゃあまるで星宮はオレのことが――――。

 次の瞬間、テーブルに置かれたスマホから軽快な着信音が鳴った。星宮のスマホだ。


「…………」

「出なくて、いいのか?」

「う、うん……出なくちゃね」


 やや躊躇いながらもオレの体から降りた星宮はスマホを手に取り、電話に出た。


「あ、カナ?」


 相手は同じクラスの友達らしい。星宮は通話を続けながら部屋から出て行った。


「ふぅ。これは……助かった……のか?」


 もし電話が来なければ、星宮は何を言っていたのだろうか。

 あの照れを押し込めた真剣な表情、どこかで見覚えがある。そうだ、ドラマだ。青春恋愛ドラマ。ウブなヒロインが主人公に告白した時の表情とそっくりだった。


「……い、いやー。ないだろ」


 星宮がオレに? はは、んなバカな。

 オレのどこに惚れるって言うんだ。

 オレがしたことといえば、いきなり抱きつく、エロ本を隠し持つ、という女子からすればドン引き要素しかない行動だぞ。でも……オレに気がありそうな言動もチラホラあったよな。汗を拭いてくれたりとか……。

 いや星宮は特別優しい女の子だし、好意とは別のものかもしれない。


「勘違いすんなよ、オレ。それで一度、死ぬほど後悔したじゃないか」


 言葉にして己を戒める。

 かつてオレは勝ち戦だと確信して幼馴染みに告白し、惨敗どころか勝負にすらならなかったのだ。女の子とは、こちらが思ったよりも思わせぶりな言動する。それは星宮だって同じことだろう。



 ◇



「うんごめんねー。今日は用事があって無理で……。いやいや! 彼氏とかじゃないから! ……それじゃねー」


 トイレに移動していたあたしは電話を切り、画面が暗くなったスマホをボーッと見つめる。


「ん〜〜〜〜!」


 羞恥心が全身を駆け巡り、あたしは頭を抱えて声にならない声を発する。


「あ、あたし……どうしちゃったの? あんなことするタイプだっけ?」


 高鳴る心臓に悩みながら、コツンと額をドアに打ち付ける。


「ありえないってば……。黒峰くんもめっちゃ戸惑ってたし……」


 そりゃそうだよねー。いきなり汗を拭かれたり押し倒されたんだもん。誰だって戸惑うよねー。少しだけ冷静になり、自分の行動を振り返って悶絶しそうになる。


「でも……オーナーに言われたことだし……。ていうか、黒峰くんて本当にあたしのことが……? ん〜〜〜っ!」


 ――――自分を制御できない。

 胸の中で熱く渦巻く謎の感情に振り回されていた。


「……もう少し、ここに居ようかな。落ち着くまで」

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