第3話

 星宮の住んでいる家は、二階建ての木造アパートだった。壁が黒ずんでいてボロついた雰囲気が漂っている。とてもギャルが暮らしている家とは思えない。


「こっちだよ」


 星宮に案内されて自転車置き場に自転車を止める。

 同じクラスの女子の家に泊まるということで、仄かな緊張感を感じていた。それもこんな遅い時間とあれば余計だろう。幼馴染の家には何度も行ったことはあるが、他の女子の家には行ったことがない。

 星宮の案内で錆びれた階段を上がる。着いた場所は二階の一番右端だった。ここで一人暮らしか。


「どうして星宮は一人暮らしをしているんだ?」

「えっとねー。お母さんがお父さんの出張についていったんだよね」

「星宮は残ったんだな」

「うん、友達も居るし。でも一年もしたら帰ってくるそうだけどね」

「だとしても寂しいだろ」

「だね。けど再会できるのが分かっているから……」


 オレから視線を逸らし、暗い声音で言う星宮。オレの事情を思い出したか。


「星宮。あまり気にしなくていいぞ。ご覧の通りオレは元気だからな」

「さっきまで死のうとしていた人のセリフじゃないかなぁ……」


 そんなこと言われても困る。

 人間、いつだってその場の気分やノリで生きているものだ。

 ただオレの場合、ちょっと振れ幅が大きいかもしれない。


「黒峰くんて、よく言われない? 見た目は大人しそうだけど、中身は少し変わってるって」

「全然。真面目で地味な男子生徒というのが周りからの評価だろ。星宮もそう思っていただろ」

「うん」

「……」

 

 あっさり肯定されて胸にグサリと来た。オレから言ったんだけど、もう少し誤魔化すなりしてほしかった。


「やっぱり人は実際に話してみないと分からないね。黒峰くんは人と話せない人だと思っていたもん」

「それは酷いな。普通に傷つく」

「あはは、ごめんごめん」


 星宮は茶目っ気に溢れた笑みを見せてから頭を下げる。場合によっては腹立つかもしれないが、むしろ星宮は可愛く思わせる魅力があった。この軽いノリがギャルっぽい。


「ただいま」


 ドアを開けた星宮が玄関に踏み込む。もちろん中は真っ暗で誰も居ない。なのに「ただいま」と言うんだな。


「おじゃまします」

「どうぞー」


 優しく微笑む星宮が返事をしてくれた。少しドキッとする。


「黒峰くんごめんね。ちょーとだけ、玄関で待っててくれる?」

「分かった」


 玄関で靴を脱いだ星宮は台所を通り過ぎ、ドアを開けて部屋に入った。掃除するのだろう。見たところ1Kか。玄関のすぐ近くに台所。風呂やトイレに繋がるドア。星宮が入った部屋は日常的に過ごす空間となるのだろう。


「ごめんねー。お待たせ」


 10分もしないうちに星宮が帰ってくる。

 あと部屋内の電気のおかげで彼女の顔がハッキリと見えたのだが、頬に涙の跡がくっきりと残っていた。……自分の顔に気付いてないのか?


「どうぞーあがってー」


 星宮に導かれて台所を脇目に部屋に上がる。ピンク色を基調とした女の子らしい部屋だ。

 広さは8畳ぐらいだろうか。ベッド、収納棚、テレビ、テーブル……部屋の狭さを感じさせないような上手な配置になっていた。テーブルの上には家族写真が飾られている。優しそうな両親と笑顔を浮かべる星宮の三人――――ッ。一瞬だけ頭がズキッとした。本当に一瞬。


「どうかな? あたしの部屋……変?」

「全然。普通じゃないか? といっても、意見できるほど女子の部屋に行ったことはないけどな」


 幼馴染の部屋に比べると整理整頓は行き届いていると思う。


「本当に泊まって良いのか?」

「うん、もちろん」

「彼氏とか大丈夫? 割と問題になると思うんだけど……」


 オレがそう言うと、星宮はブンブンと慌てて首を振った。


「い、いないいない! あたし、彼氏なんていないよー」

「まじか。告白されたことはあるだろ?」

「ないない! 告白なんてそんな……」


 驚いたように否定していることからウソを言っている感じではない。

 にわかに信じられないな。星宮のような女子はモテる星に生まれた存在だろう。


「オレの周りに多いけどな。星宮のこと、好きな男子が」

「え、えぇえええ! ウソだよ、絶対にウソ!」

「本当だって。星宮が自分のことをどう思っていようと、凄く可愛い女の子なのは確実なんだ。そりゃもう、モテモテだぞ」


 冗談ではなくガチでモテている。

 クラス内で彼女にしたいランキングを作れば上位に来るのは間違いない。


「そ、そそ、そんな……あたし、どうしよぉ……」


 顔をカーっと赤くさせ、頬に手を添える星宮。……うぶだなぁ。

 教室での星宮は誰からもモテそうなギャルって感じだが、実態は全然違った。

 恋愛経験に関しては、このオレよりも少なそうだ。それも圧倒的に。


「なあ、オレはどこで寝ればいいかな?」

「えーと……どうしよう。考えてなかった」


 ベッドは一つ。予備の布団もなさそうだ。どうしたものか、と2人で頭を悩ませる。


「あたしのベッドで……寝る?」

「そういうわけにはいかないだろ。……オレは玄関で寝るよ。同じ部屋で女子と寝るわけにもいかないし」

「だめだめ! 風邪引いちゃうよ! それに体も痛くなるってば!」

「じゃあどうするんだよ。二人でベッドに寝るか?」

「え、え……それは……だめ。あたしたち、まだお互いのことよく知らないし……」

「冗談だけどな」

「……黒峰くん、やっぱり見た目と違う性格してるね」


 赤面から一転、冷めたジト目を向けてくる星宮。表情がコロコロ変わる女子だな。


「オレ、本当に玄関でいいぞ」

「お客様を玄関で寝させるわけにはいかないかなぁ。あ、ならあたしが玄関で寝るよ!」

「一番ダメなパターンだな。それならオレも一緒に玄関で寝るよ」

「ベッド無人になっちゃった! 何の解決にもなってないじゃん!」


 しかも玄関で一緒に寝てるからな。もう意味が分からん。


「えーと……寝る場所は後で考えよっか。今はご飯とお風呂だよね」

「そこまで世話になるつもりはないぞ」

「でも汗でベトベトだよね? お腹も空いてるでしょ?」

「汗はかいていたけどお腹は――――」


 と言った直後、ぐぅとオレの腹から音が鳴った。漫画みたいなタイミングかよっ。


「ふふ、正直だね。今からお風呂に入ってきて。その間にご飯を用意しておくから」

「……よろしくおねがいします」

「はい。正直でよろしい。着替えは……そうだね、お父さんのジャージがあったかな」

「お父さんの服を持っているのか?」

「うん。引っ越しの用意をした時に紛れ込んじゃったみたいなの。捨てようか悩んでいたけど……残しておいて正解だったね」


 星宮が温かい微笑を浮かべる。この少女は、本当に良い子だ。根っからの善人とはこのことだろう。

 しゃあない、今回は素直に甘えておくか。

 ……でも、なんだろうな。この感じ。何かに違和感を覚える。

 その違和感が何なのか、少し考えてみたが結局分からなかった。

 

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