79時限目「見知らぬ明日【終わりなき未来】」


 ___アークは不時着した。


 コントロールを奪っていたドリアは、クロードの引導により気絶した。


 本来の使命を終えた故の眠りの姿へ……アークはまた、街の象徴として元ある場所へと戻ったのだ。


 数分後、エージェント達がアーク船内へと突入。ドリア・ドライアの身柄を確保することが出来た。


 ドリア・ドライア。彼に加担していたモールジョーカー・ファミリー。一同はエージェント達の手により、王都へと連行される。移動車両となる列車も緊急時により特別運航が使用される。


「ちょっと! 変なとこ触らないでよ!?」

「しゃぁねぇよ、姉貴。俺達の運もここまでってことさ」

「はぁ……これで終わりかよ。なぁ、兄貴?」


 モールジョーカー・ファミリー一同のリアクションはそれぞれだった。触るなと騒ぐ者、残念ながら諦めるしかないと息を吐く者。


「____ふっ」

「兄貴……なんで、笑ってんだ?」


 全てを悟ったように黙り込む者。

 悪行の片棒を担がされたファミリーは、なすすべなく列車へと連れていかれた。


 駅の前、犯人の姿を見送る住民達。当然、この街を恐怖に陥れた悪人たちを歓迎するわけがない。二度とこの目に入れさせないでほしいという怒りだけがこみ上げていた。


「……けっ」


 そして、最後の一人。ドリア・ドライア。この事件の首謀者。

 納得していない。不貞腐れている。反省の色など微塵も見せない態度で、そっぽを向きながら歩いている。ついには鼻歌まで歌い出す始末だ。


 この悪党の悪事も今日限りであってほしい。彼に対する裁きは、王都の政府によって行われる。向こう側の判断を待つだけだ。



「……あっ」


 そっぽを向いていた矢先、駅の手前にてドリアは声を上げる。


「___ッ!!」


 目が、あう。

 犯人たちを見送る人の群れの中にたった一人、少し前に出てドリアを睨みつける男の影。


 クロード、だ。

 何か言いたげな表情で、眉間に皺を寄せている。


「……満足だろうな?」

 ニヤついた表情でドリアが話しかける。

「お前は好き勝手やっても咎めなしで済んだのに。俺はこうして豚箱行きだ。理不尽で仕方ねぇよ」

 一歩ずつ。ドリアはエージェントの命令を無視して、クロードの元に迫る。


「嬉しいか? 俺がこんな目にあって嬉しいか? 嬉しくないはずがないのよなぁ~……俺と同じで人を傷つけてさ。何事もなく見下してよぉ? 楽しくて仕方ないだろ~?」


 苦し紛れと言いたくもなるし、最早言いがかりだ。

 同じ穴のムジナ、と言いたげな表現。クロードという人間を、救いようのないゴミだと言いたげな表情。


周りの人間に対し、彼も一度“罪”を犯したと言いふらすようだ。


「……友達ごっことかさ。気持ちわりぃ~。お前等みたいに、友情がどうとかで許されるような勘違いどもをクズだっていうんだよ……俺、間違ったこと、言ってねぇだろ? なぁ、ヒーロー気取りの勘違いクソ坊主。七光りで偶然まみれのお坊ちゃま」


 ___咎めはない。

 ___何事もない。

 

 “そんなはずがあるものか”。


「言いたいことがあるなら言ってみろよ? なぁ? あの日みたいにさぁ……気が済むまで、ボッコボコにしても今なら許されるぜぇ? なぁ~~~?」

「……ッ!!」


 クロードは心の奥底から、ケラケラと笑うドリアの姿に反吐が出た。

 言いたいことは山ほどある。自分の事よりも……家族や仲間に対し、この上ない地獄を見せ続けたこの男を許せないと思っている。


 そうだ、ドリアの言う通りだ。こんなことで済ませたくはない。

 これから裁きを下されたとしても、ドリアはまだ年齢的に処刑は免れる。最低でも数年は牢獄で過ごすことになるとしても、結局この男はノウノウと反省もせず生き続けることになる。


 そんな姿を想像して、何とも思わないはずがない。

 あれだけ苦しい想いを与え続けてきたこの畜生が、たったそれだけの罪で済んでしまうだなんて、思いたくもない。



 ……鬱憤は晴らしたい。

 その気持ちは当然だ。クロードは今、この男の余裕ぶった表情を壊したくて仕方がない。


 だからこそ、拳に力が入る。

 言われるがままにその顔をぶん殴りたいと、心から思っていた。





「……一緒、か。そうだな」

 クロードは呟いた。

「傷つけるだけじゃ……お前と、変わらない」

 拳から力を抜き、自身に呆れたように距離を取る。


 情けない、と思いたくもなるような。腹が立つ、とも言いたげな。


 だけどそれはあまりにもやるせなく、いつもの彼らしくない……どうしようもなくモヤモヤとした表情。


「あぁ……変わらないんだ」


 手は、出さない。

 一歩ずつ、このくだらない男から離れていく。



「そうだ、クロード君」

 本当はどうかしてやりたい。この男に手を下したい。しかし、それはするべきことではない。そう言い聞かせているのだ。クロードは。

「こんな奴の為に……手を汚す必要はない」

 それを見兼ねて前に出たのは、ジーンだ。

 

「間違えていると思ったら反論する。それは決して間違いではない……だが、余計な暴力は悲劇を生むだけ。それでは、永遠に解決しないんだ……分かっていても、難しいことだ」


 間違いを正すことは間違いじゃない。


「お偉いねぇ……正義の味方気取りやがって。俺と同じ、な癖に。お前だって、迷惑をかけた癖に」


 問題はその解決方。痛い目にあわさなければ永遠に分かってもらえないことだってある。しかし、過激な手段と行き過ぎた凶行は、その身に地獄の未来を与えるばかり。今、ここでドリア・ドライアに手を下したところで何も変わらない。失ったものが戻ってくるとは限らない。最悪の場合、更なるものを失うことだってある。


 これ以上、失わない為にも、変わらなければならない。

 むず痒いだろう。腹立たしいだろう。耐え切れないだろう。








「___いい加減黙れよ。本物のクズが」


 だからこそ、“声”が轟く。


「アンタなんかが、クロードと一緒なわけがないでしょうが……! 迷惑をかけた? そうなった原因を作り、バラまいたののはアンタでしょうがッ!! 目も当てられない屁理屈で! 理不尽な罪をなすりつけるな!!」


「そうだぜ……こいつは迷ってたんだ! 苦しんでたんだよッ……こいつはずっと、自分を“正義”だなんて思っちゃいない!」


 アカサとソルダ。クロードと一番付き合いの長い二人が叫ぶ。


「はっ……そういうのを気持ち悪いって言ってんだ! 俺もそいつも同じなんだよ! ああ、そうだ! おなじ、」


 それだけじゃない。

 言葉こそ発してはいない。だが___


「おな……じ……っ、」


 その場にいる全員が、ドリアを睨みつけていた。クロードを攻め立てるようなことを考える人間は誰一人としてその場にいなかった。


 ”クロードの敵なんて、誰一人としてその場にいなかった”。


「行くぞ。とっとと歩け……!」


 エージェントの一人がドリアを引き戻そうと体を引っ張る。



「チクショウがッ!!」


 ドリアは声を荒げ、クロードへ叫ぶ。


「勝った気でいるんじゃねぇぞクズがッ! 何度も言うがお前はクズだっ! お前の憧れだった魔法使いのような奴には二度となれねぇ! お前が塗った泥は永遠になくならねぇ! お前は一生、大勢の人間を傷つけたクズであることは変わらねぇんだよッ! 残念だったな!? あははははっ!!!」


 エージェント数人がかりで引っ張られながらも、ドリアは大笑いしながら叫び続けている。醜い発狂は駅の中に形が隠れようとも、その場にいる全員の耳に届いた。


「お前は一生クズ! クズだクズだクズだッ! また牢獄から出たらお前を苦しめてやる! 何度檻にぶち込まれようが、お前達を一生苦しめてやる! 俺にはそれが出来る! 一生お前は、俺の手のひらなんだよぉっ……アハッ! アハハハッ……ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハーーーッ!!!」


 その言葉を最後に、ドリアの声は聞こえなくなった。


 ___一生苦しめ。

 ドリアは最後の最後まで、身勝手なことばかりを喚いていた。



「……大丈夫だ。クロナード君」

 ロシェロが群れの中から姿を現す。

「奴の罪は牢獄に入るだけで許されるものじゃない。評議会も政府も、これだけの事柄を起こした人間を匿うと思えないわ。己の首を絞めるだけだしね」

 敵対していたはずのモカニと一緒に。


「奴は危険人物として一生マークされるはずだ。評議会から見離されたアイツに自由はない……例え若くても、社会への再起は困難だろう。彼自身が変わらない限り、な」


 もう、ドリアにはクロードとその環境をどうにか出来る力はない。

 彼に怯える必要はない。そう、語った。







「___終わった、か」


 ブルーナは雲行きの悪くなっていた空を見上げ、呟く。


「いいや、まだだ」


 しかし、ロシェロはそれを否定する。


「……すまないが諸君。ついてきてくれないか」


 まだ、一つだけやり残していることがある。諸君、というのはシャドウサークルの面々にだけ向けた言葉ではない。


 エージェント、ディージー・タウンの住民全てだ。


 何を忘れているのか。何が残っているのか。一同は、ロシェロへとついていく。


「あっ」

 ロシェロの向かっていく先。その場所が見えた途端に、最初に声を発したのはクロードだった。そしてほかの面々も、到着するなり悟ったように足を止める。



 ___街中で、上半身の姿のまま動かなくなったゴリアテ。


 アークを止める為、その進行に大きく健闘(?)してくれた巨兵が、通路のど真ん中で放置されていた。


「……これを、どうするんですか」


 クロードは問う。

 彼女にとっての人生の全て。ロシェロからの返答を待つ。


「これは、ここにあってはならないものなのだろう」


 ロシェロは、震えながらもそう呟いた。

 残念そうに思いつつも、名残惜しいと言いたげな表情を浮かべていても……それを堪え、儚く笑うように振り返る。


「この街が、危ないのだからな」


 ゴリアテが残り続ければ、この街に被害が及び続ける。

 魔物に適した環境に染まる。人間に難病が流行り続ける。それを避けるためにも、このゴリアテは……処分しなくてはならない。


 しかし、それはロシェロにとっては相当苦しい決断だっただろう。

 その青春を捧げてきた、努力の結晶ともいえる存在だったのだから


「この巨兵に残ったエネルギーを放出して空に放つ。宇宙へと旅立たせるのさ。名もなき宇宙空間。空の果てならば、その被害も及ぶことはない……しかし、それだけでは成層圏には届かない」


 魔法石のエネルギーの全てを使い、空へと放つ。ロケットに近い原理だ。しかし、残っているエネルギーではそれが出来ない。


「そこでだ……勝手なお願いだとはわかっている」

 ロシェロは頭を下げ、住民達に願いを告げる。

「君達の力を、少しだけ貸してほしい……君達も知っての通り、この巨兵は人間という生き物からエネルギーを吸い取り、それを動力源とする。それだけのエネルギーがあれば、宇宙へあがることが出来るだろう」

 エネルギーがないのなら補給する。この場にいる人間全てのエネルギーを借りれば、空へ飛び立つほどの量に届くかもしれない。


「それだけじゃない。クロナード君、君の風の力も借りたい。君程の風を真下から浴び続ければ、それだけも足しになる」


 計算上、それで巨兵は宇宙へと飛び立つことが出来る。大気圏を飛び越え、この星の外へ。何もない宇宙空間であれば、ゴリアテの影響はあたりに害を及ぼすことはない。



「最後まで身勝手ですまない」

 ロシェロは姿勢を低くする。

「だが、力を貸してくれ……ッ!!」

 膝を地につけ、両手も地につける。

 土下座だ。プライドの高いロシェロが、人前で大声をあげながら頭を下げたのだ。


「全て私がやった事だ。だが、私一人ではどうすることも出来ない……私は無力だ。天才などと言われ、舞い上がって……自身を制御することも、理解することも出来なかった。一生をかけてもこの罪を償う事なんて出来やしない、ただの大馬鹿者だ……ッ!!」


 何度も強く訴え。何度も強く願う。

 涙を流しながらも、ロシェロはその想いの丈を一同へとぶつける。



「だがっ……だけど……わたしはッ、」

「それくらいお安い御用ですよっ」


 ロシェロの頭上から、声が聞こえる。


「まっ、それくらいだったらな。いいだろ、皆?」


 アカサとソルダ。そして、ソルダの舎弟達が声を上げる。


「俺達はシャドウサークルのメンバーで、アンタの助手だ。それくらい、どうってことないって」


 ソルダは手を上げる。

 既にエネルギーを送り付ける気満々だ。その体から力を抜き、委ねている。


「コイツを動かすのが夢だったんだろう? その旅路が宇宙とはスケールが大きいじゃないか。実にお前らしい」


 ブルーナも又、手をゴリアテへと向けている。


「そんじゃ、いきますかっ!」


 サークルメンバー全員がロシェロの指示に沿っている。アカサもそれを見るなり、笑顔で手をゴリアテへと向け始めた。


「……まぁ、そういう事だったら」

「そうだね。モカニ」

 ずっと、ゴリアテの事には敵対していたモカニも手をかざす。先ほど合流したという相棒のエキーラと共に。 

「手を貸してやらんでもない」

 嫌々とした言い方ではあるが、その顔は満更でもない。協力は惜しまないと言わんばかりの表情だった。



 ___一人一人、住民達がロシェロの言う通り、手をかざす。

 エージェントもだ。街の平和へと手を貸すために、そのエネルギーの一部をゴリアテにゆだねようとする。



「皆、何故……」

「ロシェロ先輩」


 クロードはゴリアテの元でスタンバイをし、力を貸してくれる一同を見渡しているロシェロへと声をかける。


「街を救いたいという気持ちもあると思います。でも、ロシェロ先輩の気持ちも伝わってると思うんです……貴方は世界を滅ぼすために、この巨兵を完成させようとしたわけじゃない。皆の為になる研究をしたい。その一心だったのは、知っていますから」


 ロシェロには悪意はなかった。ただ、純粋故に信じすぎた。疑おうとしなかった。一途であるが故に、その思考は狂気へと落ちようとしていた。ただ、それだけの事だ。


「……私達、大馬鹿だったんですよ。一人でやろうとしちゃうから」

 微かにだが、手元から“半透明の何か”がゴリアテに送り込まれている。アカサは実感しながらも、クロードに続いてロシェロに告げた。


「一人じゃ生きていけない……誰だって、不完全です」


 エネルギーが、集い始める。

 ゴリアテに人間の魔力が吸い寄せられていく。従来の力を使い、その魔力を“魔族としての力”として還元し、その力を取り込んでいく。


 足りる。それはあっという間だった。

 計算通りだ。あとはロシェロが発射の指示を送るだけだ。


「……ロシェロ」


 モカニもまた、力を与え見送っている。

 かつての友。その決断の時を待つ。



「あぁ、分かった」


 受け取った。皆の想いを、胸に刻んだ。


 起動を残すのみ。ロシェロはゴリアテの元へ向かう。



「……空の長旅。一人では辛いだろう」

 ロシェロがポケットから取り出したのは、自身の制服のボタンだった。それをゴリアテの兜の中に貼り付けた。

「お前は私の友達……私達の、大切な仲間だとも」

 人類の脅威として、この空へ放つのではない。

 大切な仲間。青春を共にした友人として、この世界から旅立たせる。



「……今まで、本当にありがとう」


 ロシェロはゴリアテから手を離すと、駆け足でその場から離れる。

 一瞬だが、涙が見えた。先ほど流した涙とは違う、別の涙が。




 ___ゴリアテの体が光り出す。

 ポッカリと空いた上半身の腰の穴から大量の“魔力”が放たれながら、空へと飛んでいく。



(一人じゃ生きていけない、か……)


 それに合わせ、クロードも風を下から放つ。あとはエージェント達の手により、ゴリアテから放たれる有害な物質を結界で防いでもらうのみ。


(誰も苦しめたくなくて、誰も傷つけたくなくて。なのに気が付いたら一人になってて……でも、また友達が出来て……だから今度こそは、皆だけは守りたいって)


 飛び立っていく。

 サークルシャドウの象徴。この数か月の思い出が。



(おばあちゃん)


 ゴリアテは、星となった。

 ディージー・タウンを。仲間であるロシェロ達を空から見守る、一つの星の光に。



(僕は……おばあちゃんの言う、魔法使いになれるのかな?)


 風を放つクロードは、今もなお、迷っていた。


 だけど、その迷い……未来に対し、苦悶を浮かべてなどいない。

 むしろ希望。見えた一筋の光に対し一歩を踏み出そうとする成長であった。




 ドリアの捕縛。アークの停止。そして、ゴリアテの処分。

 今、このすべてが終わったことで……ディージー・タウン騒乱は、ようやく幕を閉じた。

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