78時限目「未来の詩【ディージー・タウン】(後編)」


 アカサの歌声が、街中に響き始める。


「……歌?」


 ブルーナは突然聞こえた歌に足を止める。

 それはアカサの歌。ブルーナ自身、その歌声を聞くのは初めてであった。


「歌声、だ。歌が、聞こえる?」


 他のエージェント達も数名、その歌に耳を傾ける。

 このタイミングで何故歌が聞こえるのか。何故、あの少女はあの場に留まって足を止めているのか。誰もがそう思ったことだろう。


 気が狂ったのか。それとも、死ぬ前の鎮魂歌のつもりか。

 不謹慎にも程がある。何人かが、アカサに対してそう思ったことだろう。



「……歌、か」


 しかし、ディージー・タウンに住まう人間の何人かは理解している。

 歌い始めたアカサ。そして、その歌の内容。この街にとってそれは、深く理由のある歌であるという事も。





 ___“故に歌い出す。

 足を止め、何人かがアカサに合わせて歌を奏でる。


「そういうことか……俺、歌下手だけど大丈夫か?」

「僕なんか音痴だ! だが歌うからな!?」


 ディージー・タウンに住まう者達が歌い始める。


「アカサ……私も、あまり歌は得意ではないのだがな」


 この歌は街を離れた避難民にも聞こえている……そこからも“聞こえてくる”。


「希望の詩……歴史が今、紡がれようとしている」


 アーズレーターには録音、通話、映像記録以外にも拡声機能がある。簡単にいえば、メガホンと同じ機能だ。


 それを使い、遠くからでも箱舟に声が届くように歌い始める。こんな風景、エージェントの数名からすれば、諦めた人間達の“死ぬ前にやりたいこと”をやってるだけ。諦めた人間の狂行だと口にしたくもなる。



 ___しかし。



『ん……!?』

 歌は、届く。

『な、なんだ!? 何が起きている!?』

 展開されていた魔方陣。砲台の銃口が次々と、アークの周りから消えていく。


『何故だ! 何故、言う事を聞かない!?』


 “アーク”が目覚めようとしている。

 人類を救うための兵器としての自我を取り戻そうとしている。心無き人間からの命令を受け入れなくなり、少しずつだが攻撃を辞めようと足掻き始めている。



「……アークは人の声に応え、人を救い続けてきた」

 カルーアは足を止める。人を救う兵器としての本来の姿を取り戻しつつあるその光景を前に呟く。


「その言い伝えは本当だった」


 今、船は声に応え、再び眠りにつこうと足掻いている。

 戦っている。あのアークも、世界を滅ぼしかねない悪意を戦っているのだ。



「行ける……これなら!!」


 妨害はしばらく来ない。ロシェロの計算上、駆け抜けるチャンスはもうここしかない。クロードは見えた勝機に声を上げる。


「ロシェロ先輩! このまま突っ切って、」

「おわーーっ! なんということだーッ!?」


 絶好のチャンス。だが、トラブルが付きまとうもののようだ。


「今度は何が!?」


 何があったのか。まさか、下半身がもう歩けるほどの状態になっていないのか。不安げにクロードはゴリアテの頭の上にいるロシェロを見上げる。


「歌声が届きアークは本来の機能を取り戻しつつある……その結果、“敵であるゴリアテの機能まで抑制”し始めた! こっちの操作を受け付けん! 動けーーんッ!!」

「悪循環ッ!!」


 最大のチャンスは、ロシェロにとっては最大の計算ミスとなった。

 アークが本来の力を取り戻すことで、ゴリアテもその力を封じ込められる。動けない、箱舟に向かいたくても、巨人が動かないのでは意味がない。


 結果、立ち止まったままゴリアテの下半身が燃え始める。

 火が回り始めた。このままでは下半身が崩れ去り、残ったゴリアテの上半身が地に落ちる。



「……えーい、やむを得ん!」


 瞬間、ゴリアテの手が閉じられる。


「行くのだクロナード君ッ! 私の屍をこえてぇえーーッ!!」

「えっ?」


 真っ暗になる世界。今から何をしようというのか、なんとなく理解してしまっていたクロードは彼女に問おうとするが、もう遅い。




 目の前の世界が明るくなった頃には……“投げられた後”。

 全力投球。クロードは箱舟目掛けて一直線に投げ飛ばされた。



「ひぃいいーーーーッ!?」


 風を突っ切り、箱舟目掛けてとんでもない速度で飛んでいく。風圧で口が勝手に開き、頬が波を打って歪む。目玉も何処かへ吹っ飛んでしまいそうだ。



「あとは頼……うぎゃーーーーっ!!」


 そして、後ろから悲鳴と崩壊の音が聞こえる。

 どうやら下半身が完全に崩壊したようだ。ゴリアテと共に地へ落ちていく情けないロシェロの声が耳に響いてしかたなかった。



 だが、後ろにいるロシェロに構っている場合ではない。

 どうにかしなくてはならない。船に向かって飛んではいるが、これだけでは届くはずがない。何としてでも、そのまま船に到着させる方法。それは___



「……出来る、のか」


 “空を飛ぶ”。

 しかし、スーパーフライはもうない。今の彼に、空を飛ぶ手段はない。


 だが、可能性にかけるとするならば……“空中浮遊”。

 カーラー・クロナードが得意としてみせた浮遊術。独自で生み出し、その術は沢山の人間へと受け継がれてきた。どうしようもなかった空の世界でも人間が戦えるようになった革命の術。


 しかし、それを行える魔法使いはかなりの腕利きばかり。マグレで成功する者もいたが、それはやはり指で数える程度でそう多くはない。特に、理論に頼る頭脳派は中々発動できないジレンマがあった。


「……いや、やらないといけない」


 そっと、クロードは触れる。

 祖母・カーラーの形見であるストール。そして、風の魔導書『シカー・ド・ラフト・エアロ・ダイヴ』。


「今度こそ____」


 魔力を籠める。チャンスはたった一回。

 どれほどの重圧が、彼を襲っていただろうか。






「今度こそ、守るんだ……!!」


 しかし、決意を定めた彼には。既に覚悟を決めていた彼には。

 そんな重圧……ただ、体をくすぐる程度で収まったことだろう。





「____!!!」




 魔導書が光る。

風が体に纏わりつく。



 あんなにも重かった体が“次第に軽くなる”。





「……これが”蒼空“」


 スーパーフライなどなくとも、彼は浮いている。

 浮いたまま。何処かマヌケな姿勢でクロードは呟いている。


「……これがっ!!」


 しかし、余韻に浸っている場合ではない。



 “進む”。

 動かなくなったアーク目掛けて、一直線に突っ込んでいく。



『や、やめ……く……な……』


 アークの機能が止まりつつあるせいで、ドリアが使用していた拡声機能も消えつつある。もう、あの腹の立つ声を聞かなくてもいい。クロードの邪魔をするものはもう、何もない。



「蝶のように舞い……!」


 片手を構える。風を纏い始める。

 操舵室。艦首で待ち構えるドリアの見える主窓目掛けて、弾丸のように飛んでいく。





「ハチのように刺す___!!」


 窓を突き破る。

 クロードの体が、再びアークの船内へと放り込まれる。




「ひぃい……ッ!?」


 やるべきことは一つ。


「ゲームオーバー……お前の、負けだッ!!」


 何も出来ぬまま、待ち構えていたドリアの顔面に。

 怒りの込められたクロードの拳が再び抉り込んだ。

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